君の名前で僕を呼んでのレビュー・感想・評価
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序盤お互いどういう風にどんなところに惹かれていったか等の過程がよく...
序盤お互いどういう風にどんなところに惹かれていったか等の過程がよく分からず、主人公がオリヴァーに気持ち伝える場面で置いてけぼりくらった感じがしました。
あと女性の扱いが雑だと思いました。当て馬にされた主人公の彼女に同情してしまって純粋に主人公達を応援?しながら観られなかった。途中乳が出てきてびっくりしました。
同性愛はタブーだ!みたいな感じもなく、寧ろ家族は寛容だったので(オリヴァー家は厳しいみたいなのはちょっと言ってたけど)、その辺の葛藤とかもあまりなく、要はオリヴァーはひと夏の不貞働いて結局なぁなぁで続いてた彼女を取った話ってだけですよね…?
(もっと時代背景知ってたらまた違った感想を持てるのでしょうか?)
一番良かったと思った場面は終盤の父親からの言葉でした。
恋〜失恋の疑似体験映画と言った感じでした。
情景、ピアノの音楽は見事。 台詞が少なく、俳優の表情や仕草で感情の...
情景、ピアノの音楽は見事。
台詞が少なく、俳優の表情や仕草で感情の表現しており、その演技は見事だった。
エリオ役のティモシー・シャラメの演技は特に魅力的だった。17歳の子供らしさと大人のように体裁を気にし出す間の複雑な心情をリアルに繊細に描いていた。
噴水を挟んで話すシーンは、距離のわりに両者声を張らずに会話をしていて、その声量じゃ聞こえないやろって感じ、その他いくらか気になった箇所もあったが、総じて価値のある映画だった。
美しく温かくも、哀愁のあるラブストーリー
キャスト、風景、音楽のどれをとっても美しい。
ただ、あまりに平坦なストーリーと描写が続き、いまいち自分の中では盛り上がりに欠けた。
禁じられた恋感も多少あるものの、皆理解のある人達ばかりで、なんとかなっちゃいそうな雰囲気。
徐々に惹かれあったり愛し合うのはいいが、個人的に無駄なシーンもあったような感覚があり、全体的に緩い映画になってしまったなと。
ただその温もりが、この映画の良さでもあるのかなと。
変に急展開等は起きず、淡々と進んでいく中で、彼らの心境をセリフはほとんど無しで描いていく。
いい雰囲気の映画だなーとは思うが、そこまで好きではなかった。
最後に知らぬ誰かと結婚してしまうのも拍子抜け。
ただ、その方がリアリティがあると言われればある。
掴みどころのないシナリオで、感情がとにかく上がりきらず下がりきらず。
勿論ベタな恋愛映画を期待していたわけでも、ド派手なアクションを期待していたわけでもないが、それにしても微妙な感覚を得た。
愛する人の名を思い切り叫べたら
タイトルがいい。両親がエリオを見守る優しい眼差しも、美しい北イタリアの風景も素晴らしい、、、が
あれ、自分寝ちゃった?なんか見落としたかな?と思うほど二人が惹かれあっていく過程がわからなかった。また互いの気持ちを確かめ合った後も、性的な衝動以上のものが見えなかった。二人の間に心の絆は生まれたのか?
暖炉のシーンは美しかったが、エリオのヘアスタイルといい、美しいシーンを狙っている感じを受けた。
もう一度出会えた僕とLGBT
一回目見たときは、自分勝手な男に少年が振り回されて親に慰められてる映画だとおもったけど。2回目見たときは、まさにLGBTの映画だなと、思ったと同時に、涙が溢れて止まらなかった。
私はノーマルだけれども、同じ年の頃この少年のように年の離れた人に抱きついて愛をしめしたり、それをとがめられたり、さいごまでは行くつもりもなかったけど、自分からキスしたりーでとても愛していたし、相手の愛情も超えられない一線も分かっていたそれでも好きでたまらなかった。だから、この少年のやることなすこと自分に似てて、若さって怖いけどこんな体験できて良かったと思った。
年は過ぎ、私は彼くらい年の離れた人に告白された。私も大好きだったけど、拒絶した。幸せにしてあげられないと思ったから。
君の名前で僕を呼んでは、オリブァーの心の声だなと思った。本当はずっと愛したいでも、できない。優しい人なんだなって思った。
1983年なんて、世界中でもゲイを公言できない時代でもあり、その親の世代は、と、考えると、人が他人を理由もなく愛してしまうのは、とても無邪氣で純粋で、素晴らしいことだと思う。
私はこの映画を見て、こんな人生だったんだな。と思うと涙が出た。
この映画は17歳ではわからない大人の映画だと思う。私も彼の下手な不作法や愛情表現、一生忘れない。
ふたりの青年が織りなすひと夏の情熱的な恋の行方を描いた作品
とにかく素晴らしいのひと言に尽きる。
映画館でこんなにも終始うっとりとした時間を過ごしたのは初めてかもしれない。
登場人物たちの透き通るような感情、細部までこだわられた豊かな表現力、映像の美しさ、全てに感動。劇場のスクリーンいっぱいに広がる作品の世界観にどんどん惹き込まれていく。
エリオの初々しさが垣間見える瞬間、ふたりの心が通じ合った瞬間、切なくも儚い終わりが見えた瞬間など一瞬一瞬に意味があって心に深く突き刺さってくる感じ。
今までの観た映画の中でもとても印象に残っている作品。
シャラメ君の純粋さがアミハマの不純さをより際立たせた作品。
特にアミハマがシャラメ君の使用後の桃を無理やり頬張ろうとするシーンは鳥肌そのものだった。だが、そこまで違和感がしなかったのは彼が日頃からそんなことをしていてもおかしくないと納得が行くからだ。むしろいい歳をしたおじさんがシャツで見えないくらいの短い短パンを履き、棒立ちして動かない作品の方がよっぽど違和感があっただろう。実際、映画アローンでは彼が一歩も動かず膝立ちしてるだけで一本の作品が完成してしまう程だ。それくらい彼には独特のオーラが漂っていて誰も目を離せないのだ。
シャラメ君は可愛いの一言に尽きる。これからの活躍に期待。
坂本龍一の音楽の才能は世界共通であろう。日本のどこか古典的で、きな臭い感じを一切出さず作品に馴染ませ世界観のバランスを保つ。そんな役割を担っていた。
オリヴァーの「写真に入りきらなかった」って言葉でこの映画に引き込ま...
オリヴァーの「写真に入りきらなかった」って言葉でこの映画に引き込まれた。桃のシーンは良かった。オリヴァーにばれてからのオリヴァーの強引さ、エリオの繊細さのやりとりが良かった。最後のエリオが嘔吐シーンがつらい。でも嘔吐からのキスシーンがすごかった。
アプリコットジュース
17才の多感な時に出会うBL物語
エリオを中心に描かれて彼の方の憧れが強いのかと
思っていたら相手のオリヴァーの方の愛が強かった
音楽と(ピアノの音やバックに流れる曲)景色がよくて
季節が夏だったこともあって水で遊ぶシーンが多い
女性と恋するよりはるかに魅力的なオリヴァー
大人なオリヴァーの振る舞い方に甘えたくなるエリオ
エリオの未熟さとオリヴァーの包み込む優しさが男同士の恋愛でも一陣の涼やかな風が吹き抜ける
エリオの表情が柔らかで女性の顔のよう
一時の流行り病なのか卒業出来るのか
……そこはわからない
自分の正直な気持ち
その気持ちを
大切に… してほしい
何年後かに
…再会した二人を見てみたい
全てが美しい
美しい人、美しい景色、美しい音楽。
これらが揃っていれば他には何もいらない。
イタリアの降り注ぐ夏の日差しが、街に彩りを与え、木漏れ日や水面を、綺麗に描き出す。そこにエリオが奏でるピアノの音色。それだけで充分。ってほど美しい。
"Call me by your name"僕の名前で君を読んで
どういう意味なのかなって思ってた。
お互いが特別な関係になった時、お互いがお互いを補完し合うかのように、相手がいてこそ自分になる。相手と自分の領域は曖昧になり、一体になってお互いになる。そんな特別な関係に彼らはなっていた。ってお父さんの最後の言葉で納得。
心に感情に身体に正直に素直に生きることを大切にしなさい。
最後のお父さんの言葉が身に沁みる。それだけに最後の結婚の報告は悲しい結末。ただそれがまた潔くて美しい儚い散り方。
夏になったら水に入ろう。楽しくなったら君と踊ろう。
DVDサントラ共に揃えたい。。。。
一夏、何かを待ちわびていて、つねに空洞を抱えている17歳特有の空気感がザラザラとした画質に含まれているようで、また雰囲気を立てていたように思える。後ろで流れるピアノの旋律が主人公の心情と重なり(時には扇情する役割があったのかもしれない)、途中からは終わらないで欲しいという想いもありつつ物凄く辛かった。
同性愛映画として捉えるべきなのか、むしろ同性愛だから美しいと感じるのかはそれぞれ主観だと思うが、壊れてしまいそうな美しい関係が成り立つのは同性同士だからかもしれない。
そりゃ好きになるわ要素が詰め込まれすぎて苦しかった、アーミー・ハマー。
ありがちな展開だけど、どこかでハッピーエンドを期待してしまっていて、ティモシー・シャラメの涙から始まるエンドロールは虚無そのものだった。こんなにも素敵なエンドロールがあるのだと衝撃を受けたがその前にひたすらに辛かった。
Visions of Gideon、素晴らしい。言語化の難しさをひしひしと感じる。どのタイミングでも今見てよかったと思える映画だと思う。
いつでもここに戻ってきてもいいのかもしれない。夏休みのありがちな思い出の1ページとしてこの映画をしまっておくにはあまりにも美し過ぎるのではないだろうか。
後にも先にも唯一無二の作品
初めはCMで見て、アーミー・ハマーがカッコいいから観てみようかな・・・位の気持ちでBunkamuraへ向かった記憶がある。ところが観終わって心を掴んだのはラストシーンでの、ティモシー・シャラメの美しさと涙だった。
この作品はフランスやイタリアの映画や美術館好きにはたまらない。まずオープニングの映像、これから始まる愛の高まりを感じさせるような音楽が、ジャン・コクトーの「美女と野獣」を思わせるようでワクワクしてしまう。
舞台は北イタリアの夏、瀟洒な邸宅。そこを夏の住居とするアカデミックな家族たち。
壁のタペストリーや季節の果物が重たげに実る庭に至るまで、全てが桃源郷のようで、アメリカから来て暫く滞在するアーミー・ハマーにとってもそれは別世界を経験する入り口となる。
初めは博識で回転の早い、いけすかない奴だったアーミーに、ティモシーの方はいつしか心惹かれてしまう。そして恋心が募ってついには深い関係になっていく。
途中、ピアノの音色に恋心をのせるシーンやガールフレンドとのやり取りも面白いけど(というか、原作では更に冷たい扱いをされる)何といってもガルダ湖から引き揚げられた彫像を見るためにシルミオーネへ行くところが最高に好きだ。ここは原作には無いシーンだけれど、素晴らしい(自分も聖地巡礼をすべく、ミラノから列車とタクシー乗り継いで行ったほど・・・)。
2人の関係を知ってか知らずか両親は応援していて、アーミーがアメリカに戻る前に小旅行にベルガモに行かせるのだけど、小さなバスで揺られる辺りにスフィアン・スティーブンスの歌が流れて、見るたびにここでもグッと来てしまう。
列車で見送るシーン。まるで新婚旅行のような旅の終わりは2人の永遠の別れへと繋がる・・・
永遠の別れ、なんて原作ではその後にも再会する事になるし、実際監督も続編を撮る気満々だったけど、アーミー・ハマーが私生活乱れまくりで計画は頓挫している様子。
ただ、続編は作らない方が良いと思う。
ラストでティモシーが暖炉の炎を見つめながら、楽しかったのか苦しかったのかわからないほど激しかった夏の思い出を想い起こし涙する・・・あのエンドロールだけでもう十分満点の作品。
続きは必要ないでしょう。
映像美
自然、音楽がとても心地よかった。
映画全体を通して1つのアートのように感じた。
ゲイを題材にしたこの映画、一番印象に残ったのは
主人公やオリバーではなく父親の方だった。
息子がゲイであることに対しての理解がお手本。
現代は特にLGBTに対する偏見を無くす動きが
強まってる中で、この映画は評価されるだろう。
確かに、思うところは色々あったし、少し見方も
変わるかもしれない。
しかし残念だったのは単調で退屈。
2時間越えする必要があったかな?という内容。
1時間半ほどであればもっとまとまってメッセージ性の
ある映画にできたと思う。
結局真に伝えたい意図は分からないまま
エンディングを迎えてしまった。
そして最後のオリバー結婚報告は2年後冬なのか
その年の冬なのかでまた評価が変わる。
2年後ならば新たなスタートと捉えられるが、
その年なら遊びだったと解釈される。
2年前から関係があったなら、都合よく2年後と
捉えることにした。
エンドロールの暖炉でのエリオの涙は美しかった。
きれいなものだけを詰め込んだひと夏の思い出
いやぁ、なにもかもきれいで満ちていて、こんな世界が同じ地球にあるんかいねと思わされるくらい美しかった。時間がゆっくりと流れてるんやけど、ほんの一瞬の煌めきをつめこんだような映画でした。
美しい
主演のティモシーシャラメが美しすぎます。映像、音楽、人物すべてが綺麗ですごい。一夏の恋って切ないな、エリオの両親が理解ある人でよかったけど、やっぱり差別っていうのはあるんだろうな。エンドロールが良すぎて大号泣
胸毛とアプリコット(特に意味はない)
北イタリアの避暑地、エリオと大学教授の父親が招いたオリヴァーのひと夏の恋。
THE OSHARE映画
風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
綺麗な映像、北イタリアの豊かな自然、美しい音楽、コントラストの効いた衣装、古代彫刻のような美男美女たち、そしてとにかくこの映画の世界観全部が芸術的。
前半は正直それだけって感じ。
後半に観たいシーンが凝縮されていたから、前半そんなにいるかなとも思った。
でも、この世界観だけで観続けられる。
良くも悪くも同性愛がテーマには思えなくて、普通のラブロマンスといった感じでした。
で、結局ラストのお父さんとエンディングのティモシー・シャラメが全部持っていっちゃうんだよなぁ…
前半でラブロマンス風味で苦手意識が湧いたけど、後半はまあまあ。
ヘレニズム文化やWWⅠ、ユダヤ人など歴史要素が絡んでくるのも興味深かった。
とにかく生々しくて切ない映画でした。
この映画に関してはまとめるのが難しいので、
以下は気になった点
(本編内容とは関係なし。長くなるのでスルーしてください)。
↓
・虫がめっちゃ飛んどる。
→生き物(特に虫)好きの自分からしたら羨ましいくらい。
それだけ自然豊かな場所で撮ったんでしょう。
ティモシー・シャラメの肩にもハエが!
・アプリコットの語源論争
→なんだかんだ個人的に1番気になったシーン。
文字の伝達の歴史とかもっと知りたい。
・セッ◯スやオ◯ニーも全く下品じゃない。
→むしろ芸術的なエロスを感じた。
アプリコットでしたら果汁でベッドがベトベト…ダジャレじゃないですよ。
・とにかくティモシー・シャラメの美しさが神秘的すぎる。
→ありゃ、男の自分でも惚れるわ。
カッコいいよりも美人、美男子って感じ。
・3カ国語の使い分け
→北イタリアともあってフランス語とイタリア語、さらには英語まで。
役者さんは元々喋れるのか、練習したのか。
でも、あの切り替えであんな流暢に喋れるのはやはり凄いですね。
あと、イタリア人とアメリカ人の温度差の違いも面白かった笑
・映画映えするイタリアの風景
→ロケーションだけは絶対外さないイタリア映画。
街並みも自然もどこを取っても絵になる。
いつか絶対行きたい!
豊かさ
わたしは同性愛を差別はしていない(はずです)が、基本的に、男どうしが乳繰り合う映画が、好きではありません。これ、公人が言っちゃうと紛糾するんですが、どうなんでしょうか、この世に、そんな人は少なくない、と思っています。
世が世なので、ゲイ映画が、踏み絵というか、鬼門の意味合いになっている──気がしています。わたしも、君の名前で~に酷評で突撃しようとは思いません。ことわっておきますけど、これはいい映画です。
でも、彼らが本気で編むときみたいな、上っ面だけのゲイ映画には、遠慮なく酷評で突撃します。ちなみにわたしは国を揺るがしまくった某議員の発言「LGBTは生産性がない」に対して「そのとおりだがや」と思った罪深いにんげんです。
とはいえ、シンプルなギモンがあります。同性どうしでは子供はつくれない──これって、なに/どこが差別なのですか?
わたしが同性愛者だったら、親に孫の顔が見たいと言われ続けながら、まったくその気がない子のように、まったく反省せずに「それに関しちゃすいませんと思います、てへペロ」と答えます。
マジョリティやなんらかのイデオロギーから目をつけられたくないとか、フォロワー外されたくないとか、コミュニティからの離脱を畏れるとか、誰もがコンプライアンスに副い、築いた関係性が瓦解しないように、生きている──という話です。
もちろんわたしも、そうやって生きていますし、これは逆張り発言でもありませんし、これ以上掘り下げません。そもそも、わたしはそんな玉じゃありません。
ただし、ひとつだけ、もっともクリティカルなポイントに言及しておきますが、わたし/あなたが君の名前で~に与するのは、これがゲイ映画だからではありません。とんでもない。そのつがいが、アーミーハマーとティモシーシャラメだからですよ。
つまり「美しい人間どうしにLGBT問題は存在しない」という単純なハナシです。
雨後の筍のように増殖したマンガ/ラノベ/ドラマのBLものにしても、その大前提においてつくられているのをご存知でしょう。現実のゲイ世界ではおっさんがちょめちょめしているわけですが、あなたは、それを見たいですか?信条は、生理を超えることはできません。
ところでグァダニーノ監督に、びっくりしたのはサスペリアです。君の名前で~の印象から、美しい情景のなかに、みずみずしい人間関係を描く──というような叙情型の作家だと思っていたのです。
それが、あのとんでもないおぞましさ、奇矯で風雅で、どことなくヒッチコッキアンも感じたあの傑作を見て、ほんとに驚きました。ひるがえって、サスペリアを見たことで、君の名前で~の自評を見つめ直した──感があります。
個人的には、その見つめ直しの経緯があって、当初見たときより、いい映画に昇格しました。同時にリテラシーの足りなさを自省しました。
ですが、君の名前で~の公開当初の、嵐のような大絶賛を、わたしは一ミリも信じません。覚えてますか?2018年の日本公開でしたが、著名人やインフルエンサーがこぞってこの映画を絶賛・ツイートしていました。なぜか?そりゃ「踏み絵」だからですよ。君の名前で~を絶賛しておくと、公的株がぐんぐん上がるから──ですよ。
けっきょく君の名前で~は、企図せずして世のLGBTに与する必須アイテムにポジショニングされてしまった映画です。だから、ぶっとびの高得点になっているわけ。
しかし、とうぜん、それ抜きに、いい映画です。
パダニアの別荘地。きらきらの陽光、まぶしい新緑。戸外の食卓、肉厚ガラスの水差し。趣のある屋敷、絵はがきのような街並み。美しい男たち、美しい女たち。思いっきりサドルを高くした自転車。エメラルドグリーンの海。浮かび上がる女神の遺跡。光と水と木々とレンガと真っ白な身体。どこを切り取っても風光明媚。その陰影とコントラストと、いささかもギラつきのない穏やかな人々。ほんとに「豊か」な映画だと思います。
その豊潤な桃源みたいな処で展開するこの映画は、世の中に遍在するプロット「ひと夏の思い出」であって、「ひと夏の思い出」のなかの主人公が、誰でも葛藤するように、エリオもじぶんは男が好きなのか女が好きなのか──性向に初めて直面して戸惑っているだけ、です。つまりLGBTではなく、初恋と失恋の話です。
そして静かなるメンターは父親である教授でした。気づいていた彼はそれが病とみなされていた時代にもかかわらず、エリオを誹りません。かれの「ひと夏」を肯定し、冬がやってきます。「美しい人間どうしにLGBT問題は存在しない」とわたしは言いましたが、映画は知性があれば差別は存在しない──へ昇華している、と感じました。その辺りを解っていなくて高評価している文化人はみんな護身用アイテムにしてるだけです。公人だとLGBTに寄せとかないと怒られますから。
ただ、むろん庶民にとっちゃ、遺伝子やらコンプレックスやら、なんやかやで、ため息をつく映画でもあるわけで。
われわれとかれらの見た目の隔たりのほうが、よっぽど差別なわけで。
言葉に支配されない情景を捉える
フランス語、英語、イタリア語をなんなく操る。
それでも、大事なところは言葉にしない。
想いを書き殴ってみても陳腐にしかならず、
一生友達、と握手してハグしてもその重みはない。
大自然を背にして、ふとした仕草や視線で、
2人だけの世界を作り上げていく様が、
映像作家としてのプライドだと感じた。
ただし、最後の父の台詞は真意。(泣いた)
前段の描写がより対比される。
ホットな題材であるLGBTQだけど、
この作品は必ずしも同性でなくて良かった。
だからこそ、LGBTQへの造詣が深い、愛の形の表し方。
誰が言った言葉に傷付いた、とかネガティブなことも、
感動させるようなテクニックとしての言葉の力も、
言葉は1つの表現方法でしかない。
言葉に支配されていない情景や本質に立ち返って、
映像として捉え直す感覚に気付かされた。
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