【「X エックス」評論】鮮血とセックスにまみれた1970年代ホラーを今に甦らせた不条理な狂気

2022年7月3日 22:00


「X エックス」
「X エックス」

今や映画界のトップブランドとなったA24は、賞レースに絡むアートハウス系作品を多数世に送り出しているが、近年話題になったホラーの製作、配給も積極的に手がけている。アリ・アスター監督の「ヘレディタリー 継承」「ミッドサマー」、ロバート・エガース監督の「ウィッチ」「ライトハウス」、今秋日本公開予定のアイスランド映画「LAMB ラム」。同社が製作した「X エックス」は、これらの先鋭的なホラーとはいささか趣を変え、暴力、セックス、ロックンロールに彩られた時代へと観る者を誘うスラッシャー・ムービーだ。

1979年、灼熱の太陽が照りつけるテキサスの農場で、陰惨な大量殺人事件が発生。血みどろの現場を訪れた保安官は何が起こったのかさっぱり理解できず、首をかしげるばかり。すると映画は24時間前に巻き戻され、世にも奇怪な事の真相が語られていく。ホラー好きがこのプロローグを観れば、誰もがトビー・フーパーの「悪魔のいけにえ」を想起するだろう。

しかし本作は、単なる「悪魔のいけにえ」“もどき”ではない。悪夢のような事件に巻き込まれるのは、自主制作のポルノ映画で成功を夢見る男女6人。彼らを血祭りに上げていく農場主は、何と推定年齢80超えのヨボヨボの老夫婦なのだ! 「サクラメント 死の楽園」以来、これが9年ぶりの長編ホラーとなるタイ・ウェスト監督は、両者の若さと老い、奔放な情熱と鬱屈した怨念を対比させながら、気合い十分のゴア描写を炸裂させ、まがまがしい惨劇を映像化。さらに“淫らな若者は必ず殺される”というホラー・ジャンルの伝統的なクリシェを引用しつつ、ストーリー展開に巧みなひとひねりを加えてみせる。

そして老夫婦の自宅のつけっぱなしのテレビからは、「悪魔を恐れ、神を称えよ!」とヒステリックに叫ぶキリスト教原理主義者の説教が聞こえてくる。あらゆる細部が丹念に作り込まれているのに、ひたすら不条理な狂気をまきちらすこの映画は、珍しいことに「悪魔のいけにえ」のみならず、同じくフーパー監督の「悪魔の沼」にもオマージュを捧げている。要するに人食いワニが登場するのだが、主演女優ミア・ゴスに危機が迫るその沼の光景を、神のごとき視点で写し取った演出が素晴らしい。極めて希少価値の高いこの俯瞰ショットを拝むためにも、入場料金を払う価値がある。

(高橋諭治)

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