ある男のレビュー・感想・評価
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過去が消せないなら、わからなくなるまで上から書くんだ。
原作既読。
映画は、小説にもでてきた、ルネマグリットの「複製禁止」という絵のショットから始まる。
戸籍ブローカーの仲介を経て、他人の人生を生きている男、他人に自分の人生を売った男の話。小説を先に読んでいるので、ああ、この男が殺人犯の息子として生きてきて、今、別の人生を生きているんだなという視点で見つめていた。何も知らずに観ていたら感じることのない疼きが心に刺さってくる。それは窪田正孝の物静かな佇まいがそんな感情を起こさせるのだろう。そして、最後に息子悠人がいう「父親が優しかった理由」がすでに頭にあるせいでもある。誰かになりすますことで、原誠は幸せだったのだろうと思う。(この子役、とてもよかった)
弁護士城戸役の妻夫木聡の表情が絶妙だった。谷口大祐の素性を探すことは、どこか在日である自分の本性をほじくり返す行為にも感じていたのでないだろうか。そのくせ、自分に害が及ばないのだから、傷つくこともない。だけど、そのかわり彼の中で何かが変わってしまった。あの、皮肉そうな笑顔もそうだし、どうも善意だけの行動には思えないんだよな。たぶん彼自身、変身願望があったのだろう。在日を隠したい気持ちが在日であることを晒しだしてしまう。小見浦の言う「先生は在日ぼくない在日ですね。でもそれは在日ってことなんですよ。」が的を得ているように。
正直、小説は設定が面白いわりにはなんかスカしていて満足度は低かった。それは作者の文章のせいであり、インテリ臭いマウントをとられている不快感のせいでもあった。だけど、映画は上質。余計な横道にそれず、核心へとずいずいと誘っていく。とてもソリッドな展開だった。ラストも、小説の幸福な着地点とは異なり、どこか城戸自身の変化や問題を抱えて終わる。小説にも城戸が試みになりすましてみる場面が、調査の途中の過程として登場するが、この映画では最後のここで出てくる。それは、なりすますことに妙な悦楽を知ってしまったような城戸の心の闇がちらついて見えた。(ただ、はっきりとなりすましたとは断言できない。そういう人がいた、ともとれる会話だったが。)
そしてまたルネマグリットの「複製禁止」が登場する。この鏡を覗いているのは誰なのかという想像の迷路に迷い込まれていく。ちなみにこれ、鏡の下に置いてある本はちゃんと反転しているのに、男はそうではない。そもそも鏡を向いているのに、向かい合っていないのだ。だからどこか感覚が狂わされる。まるで鏡張りの小部屋に閉じ込められているようだ。城戸も、こうして鏡に向かい合っている気分なのだろうか。その見ている自分は"どの自分"なのだろうか。ああどんどん迷い込んでいく。
そうそう、最後に初対面の男に城戸は自分の名を、何と答えたのだろうね。そりゃ僕は間違いなく、こう答えたと思う、・・・・・(ブチッ)。
↑ ↑ ↑
なんだよ!って思いますね。一応、タニグチがセオリーのようですが、ハラマコトだとざわつきは半端ないかも。
彼を【ある男】や【X】と呼びたくない
1度しか観てないので台詞がうろ覚えなんだけど
安藤サクラさんが演じられた里枝さんが後半に言った「過ごした時間は事実ですから」がほんとそうだなと。
たまたま死刑囚の子に産まれてしまっただけで、その男性には何も罪がないのに、遺伝で似てきてしまう顔に絶望とも言える苦しさや生きづらさを感じていた中で、やっと普通の暮らしを手にいれたのに
ただただその1人の男性のことを考えると胸が苦しくなった。
戸籍のことは不勉強でわからないのだが、里枝さんの旧姓としてお墓に入れられることは可能なのだろうか…。
そして物語が終わりを迎えたのに、ラストシーンに向かうランチシーンからは必要なのかと思ってしまった。これがあるので物語が終わりを迎えない気がして…きっと誰しも別人になりたいときはあるを訴えたかったのかと私は思ったのだが…少しそこが気になった。
ただそれを含めて映画として面白かったので、もう一度観たいそう思う映画だった。
本当か嘘か?正しいか正しくないか? 過去がどうあれ未来がどうあれ‥...
本当か嘘か?正しいか正しくないか? 過去がどうあれ未来がどうあれ‥‥ しかし知りたくなる、その人のことを。 人は皆、肩書きで人を見ている。実際、私もそうである。それによって振り回されている。しかし意外とその人とあった事実だけを見ていくとその人が見えたりするものだ。たぶん知らんけど!
自分てなんだ?
「自分」という物を消し去らなければ息苦しくて生きていけない人間がいる。「自分」を取り戻すために「自分」を捨てるというこの理不尽。
自分を捨てなくても幸せでいられる人たちもいる。その人たちには分からない生きる辛さが見てる側に刺さる。アイデンティティのぐらつきに初めて直面してしまう息子(僕の名前はどうなるの?という問いかけが秀逸)
過去を乗り越えたと思いこんでた城戸弁護士(妻夫木聡)が、辛い人たちと向き合うことで押し殺した自分に気づいてしまう。理解から距離が縮まったと思ったのに、本当の自分を隠すことに走る妻に気づき、新たな仮面をかぶってみる城戸。彼の今後はどうなるのか…。
名前なんて戸籍なんて強固なものではなく取り替え可能とあざ笑う囚人(柄本明)の関西弁がいかにも怪しいイントネーションなのが、そういったゆらぎを表しているようで興味深かった。
そして、窪田正孝の静かだけど全身で語る芝居の良さ。
安藤サクラの安定感(初っぱなの情緒不安定な泣き顔に引き込まれた)。
邦画は割と台詞聞き取りにくかったりするけど、この映画はとても聞きやすかったし、画面の暗さもただ暗いのではなく場面にあっててとてもよかった。
でも、なんかちょっと長かったなあ。
原作を読んでみたくなる
これは、ヘイトスピーチの問題をテーマにしているのだろうか。
だとしたら、この作品の表現力は凄いと思った。
でも、最後まで見ていると、逆にヘイトスピーチという大きな社会問題から、もっと小さな集団の中での「生き方」に対するメッセージにしているのではないかと思うようになった。
どんなに小さくても、ある集団の中に人は生きていて、それは民族や国籍という大きな集団でなくても差別や偏見があり、その中で人は大なり小なりストレスを抱えて生きていく。
その中で、人はどう生きていくべきなのか?
強烈な衝撃を受けました。
戸籍の入れ替え、、、そんなこと実際にあるのか、あったとしたら、やっぱりそれは駄目ですよ。どんな事も試練だと思って、乗り越えることこそが素晴らしい人生に繋がるのだと思うと同時に、本当に戸籍を入れ替えられるなら、どんな人と入れ替わりたいかな、、、と思ってしまう自分もいて、とても複雑な気持ちなり、また深く考えさせられる内容でした。
内容は最後がちょっと理解不能で、、、その代わりもう一度観てみたいと思わせられた、または原作を読んでみようかと。
城戸は在日であることの差別に悩み続けるも、やっとそれを乗り越えたと思ったら、奥さんとのすれ違いについに自分の人生をやり直すために「谷口」の戸籍と入れ替えてしまったのか?
また、個人的にはキャスティングが最高!!
妻夫木聡さん、安藤サクラさん、柄本明さん、真木よう子さん、でんでんさん、眞島秀和さん、などなど好きな演技派俳優さんがぞろりと!!
で、窪田正孝さんってあんな演技上手かった???(ファンの方ごめんなさいm(__)m)
迫真の演技だったと思います。
上から発言ですが、窪田さんの俳優として確立された作品といっても過言ではないくらい凄かったです。
あと、悠人演じるあの男の子、、、何者???超演技上手い!!
居場所
ここ最近の邦画は少し後回しにしていた感じがあったので、重い腰を上げて鑑賞してきました。平日の昼間は人が少なくて観客側としては大助かりです。
結構面白そう…と思ったのですが、個人的にはあまり合いませんでした。脚本家の方の作品を見ると過去にあまり好きではない作品が揃っていたのでなるほどなと思った次第です。
合わなかった理由として強いのが、差別的な要素を突然入れてきて、それらが物語に直結しているように思えなかったからです。北朝鮮だったり、在日だったり、ある男の身元探しのはずなのに突然何を言い出すんだ?とぽかんとしてしまいました。ラストの方の奥さんの不倫や、身分を偽ってみたという不思議な終わり方もスッキリしなくて今まではなんだったんだ?と思わざるを得なかったです。
役者陣はこれでもかというレベルの豪華な布陣で、少ないシーンの中でも河合優実さんの魅力ががしがし発揮されていました。窪田正孝さんの何役も演じ分けていて、しかも筋肉ムッキムキ、恐れ入りました。
役者陣は最高ですが、お話がそぐわなかったです。これもう少し削れたよな…。
鑑賞日 11/29
鑑賞時間 13:25〜15:35
座席 A-2
その人の何を知っていて、何を愛して、何が真実なのか
何年も暮らした夫が死後、まったくの別人だとわかったら?めちゃくちゃ重かった…でも安藤サクラ、窪田正孝、妻夫木聡、3人ともハマり役で上手すぎて、あっという間の2時間。過去が明らかになる様も同時進行のやりかたも丁寧でよかったし、脇を固める役者たちも皆素晴らしかった。
少しだけ出てくるような脇役まで、驚くほど豪華だったな。清野菜名、眞島秀和、仲野太賀、でんでん、きたろう、柄本明、真木よう子、河合優実…隅の隅まで笑っちゃうほど豪華で盤石の布陣だった。そりゃ見応えあるわけだわ〜
なのでほんと無駄も隙もなく緊張感を保ちながら良作に仕上がっています。
しかし最後の最後のオチはちょっとやりすぎな気もした?どうだろ、あれが面白く感じる人もいるかもですね。妻の浮気や民族的ヘイトからくるストレスで、名前変えてまで逃げる必要あるかしら?結局、帰化したものの元在日であることを否定的に捉えてたとも考えられるし…
そして最後の息子くんの「お父さんはしてもらいたかったことを…」とか「僕が話してやるよ」とかはちょっと台詞すぎて気に掛かりました。
これらの終盤での一部以外は良かったですね。
作中に出てくるこの絵、ハマスホイかルネ・マグリットっぽいなーと思って後で調べてみたらマグリットでした。絵のタイトルがまた絶妙で、「複製禁止」。粋だなあと思いました。
登場人物の気持ちになってみたら
もし自分が同じ立場だったら…どうしただろう、どう思っただろう。
そんなこと考えながら見てました。
もし、自分を変えることができたなら…私も今すぐ変わってみたいとも思いました。
で、最後のシーンは結局そういうことなんだよね?
アイデンティティの揺らぎ
事故で亡くなった夫が名乗っていた姓名とは別人と判明し、人物調査を依頼された弁護士がはからずも自分のアイデンティティの揺らぎを感じ始める話。
戸籍を変えていた夫だけでなく、夫が別人だったと判明し突然苗字が無くなる妻と息子、自分が"在日"であるということにコンプレックスを感じており、確かなものと思っていた家族の愛も揺らいでいくことになる弁護士、それぞれにアイデンティティの揺らぎが生じる。
このアイデンティティの揺らぎ的なモチーフは人物描写だけでなくて、ちょっとした会話にも色々盛り込まれてるみたいで面白かった。例えば、パッと見は全部同じに見える木や魚に名前をつけるという行為は、外部から見た人が勝手につけたものだし、ましてやそれが二度目に聞いた時に同じもののことを言っているのかは会話をしている人達の信じる心次第。
だから、確かな愛に触れた妻と息子は名前が揺らぎながらも自分達のアイデンティティをしっかり取り戻す。一方で、確かな愛だと思っていたものが崩れた弁護士の章良は正反対の結末になる。(このアイデンティティが崩れる直前にビールを妻と交換してそれっきりなのもね!)
でも私的に章良は「アイデンティティを無くした男」というアイデンティティを確立したように見えたんだよなぁ。だって、実際に名前を何度も変えてた夫・大祐は自分の過去のことをあまり話さなかったと言っていたけど、章良はこんなに自信満々に"自分の過去"について話してるんだもん。
結局このラストも飲みの席でただホラ吹いてる男と見るか、アイデンティティを完全に失った哀れな男と見るか、新しいアイデンティティを持った男とするかは見る人全てが各々勝手に名前をつければ良いことなんだろうなぁ。
とにかく、最初「ある男」だと思っていたはずの男は「ある男」ではなくなり、別の男が「ある男」になっていた。これ以上完璧なラストはないと思う!!震えた!
榎本明でスピンオフ観たい
久しぶりの骨太邦画だと期待して観たのですが少々物足りなかったです。ジャンルとしては何なんだろ?ミステリー?恋愛?ヒューマンドラマ?それとも複合?いろいろ要素詰め込みすぎてストーリーが薄味な感がしました。
原作だと印象が違うのでしょうか。鑑賞後、後ろのほうで「なんか原作はもっとホニャララで」みたいな声が多少の残念感を纏って聞こえてきたので、そう思いました。私は原作未読です。
妻夫木聡が事実上主人公?なんでしょうか。主人公にしては背景が複雑というか、いやむしろ描き足りないというか。
ただ、役者陣の演技が最高でした!妻夫木聡のなにかを秘していそうな笑顔とか。安藤サクラの鰻屋で過去を語るシーンなんか、あれだけでご飯3杯いけます!長男役の子も良かったし、安藤サクラとふたりでの登場シーンも良かった。
柄本明の役も流石です。「センセイは在日だけども在日に見えない。だから在日っぽい」というセリフが全体を象徴するキーワードなのかなと思った。
ラストのバーでの会話とか、ちらっと「あれ?これは全部彼の妄想で作り話だったのかな?」JOKER的結末を期待したのですが、流石にそんなこたぁないですね。手放したくないって言っていたし。
重たい。けれど面白かった。
オープニングは、どこかの店らしき壁にかかっている、むこうを向いたふたりの男の写真?絵?のアップから始まる。そしてちゃんとエンディングにつながる。(なんと!)
まず言いたいのは、俳優陣。「すごっ」 のひとこと。妻夫木さん(聡)、安藤さん(サクラ)、窪田さん(正孝)、柄本さん(明)、清野さん(菜名)、真木さん(よう子)。安心して観られるにもほどがある。でんでんさん、きたろうさんもあちこちで観るな。こんな役にまで・・と、仲野さん(太賀)、河合さん(優実)! 小藪さん(千豊)で正直ホッとしてたよ(笑)
そしてその陣営だからこそ支えることができた、重たい重たいテーマだと思う。人はなぜ、「個人に責任のないこと」 にまで手を広げて、自分との違いを探し、区別(差別)しようとするのか。誰が両親か然り、生まれた国しかり。
いやあ、字にするだけでも重たい話。そして民主主義の中で、何よりも大切な観点。「みんな、違う」 は大切な基本的な考え方。思想が違う、信条が違う、宗教が違う。それは、それぞれ区別され、かつ多勢いようが少数しかいなかろうが、同等に尊重される。しかしそ 「個人に責任のないこと」 は、そもそも区別されるべきですらない。「あなたは殺人者の息子なのか」という言葉は、発せられるべきではない。そのことは、生まれてきた子供には責任のないことなのだから。
民主主義の教科書があったとしたら、最初の頁に書いてあるだろう。日本では民主主義教育は十分に行われないので、この年齢になった俺が、映画をみて学んでいるのが実情だ。
…などと固いことを言う映画ではないかもしれない。でも、この映画をみて、みんなが少しでも考えたら、またひとつこの国もよくなる、そんな感じ。
謎解きみたいで、ずっと見続けていられる映画。すばらしかったです。
----- ここからはネタバレ含んでいるかもしれません。観ていない方はお気をつけて -----
「息子」 は 「父」 の汚名を着たままずっと生きていなければならないのか。さらに広げて、在日3世になっても、なぜ外国人、韓国人と言われるのか。この国ではどうして 「普通」 と 「普通でない」 を区別したがるのか。たまたま「多数」でしかないものを、なぜ「普通」と呼ぶのか。人を 「個」 として見るのが苦手で、「どこかの集団の要素」 とみてしまいがちなのか? 国は違っても、人は同じ。だから本来「国」 という境目は不要なはず。俺たち人間にはなにかの限界があって、必要悪としての 「国」 という境目がまだ必要というだけであろうに。
一例をあげれば、「部落出身者かどうかを気にする」 ・・・いったい、いつの話を気にしているのですか? 「自分と人は違う」 という自覚は大切だし、その基準は多岐に渡るでしょうが、少なくともそれって意味がなくないですか?
今日は、よけいなことまで書いてしまった気がする。それだけ本作が提供している論点は深く重いのだろう。
----- ここまではネタバレ含んでいるかもしれません。観ていない方はお気をつけて -----
2023/7/15、近大さんのレビューを読んで、追記。
多数派である集団の安定を重視するか、少数派の個人の権利を重視するか、というのが政治の一つの軸だと思いますが、これまでの日本はかなり前者に偏っていると思います。だから、少数派に対して「普通じゃない」とか「変わっている」とか言いがち。それが、差別や偏見の原点。単なる多数派を「普通」と言う癖をなくさないと、少数派を「異常」と勘違いしてしまう愚かさから、脱却できませんよね。
そんなことを考えさせてくれる映画でした。
【良かった点】 邦画ではなかなか見れない重厚なストーリーに酔いしれ...
【良かった点】
邦画ではなかなか見れない重厚なストーリーに酔いしれた。顔のない男を、アイデンティティのない存在として描き、それを親が死刑囚の男、在日というレッテルから逃れられない男など、ある男が複数出てくることで今日の日本の生きづらさを繊細に表現していた。
【良くなかった点】
中学生の息子が達観しすぎていて若干違和感を感じてしまった。今の子はあんなに大人びるのがはやいのか……。
噓と真実と心の拠りどころ
愛した人が事故死して初めて、全く別人に成りすましていたことが分かり、では一体誰なのか、弁護士に調査を依頼する話。
確かにあったと信じていたものが、ある日突然ひどく頼りないものに変わってしまいます。
安藤サクラさん、窪田正孝さん、妻夫木聡さんの安定の演技で、重厚な作品となっていました。
ちょっと違和感があった所。
・大祐が「家庭がありますもんね」と問いかけ、里枝が「家庭はないですよ。離婚したから」というセリフ。息子も母親もいるのだから「夫はいないですよ」と答えるべきです。家庭は夫婦が築くもの、という思い込みがあるんじゃないでしょうか。
・城戸の妻の父親の差別発言も極端ですが、小見浦が、「在日(朝鮮人)は見ればすぐわかる」と言うセリフ。そうとは限らないし、それを殊更強調する必要があるんでしょうか。
・親子の画風が似るとしたら、子供が親の真似をするからで、遺伝はしません。
でも、夫(息子にとっては父親)の愛情は真実だったと確信して、自分たちは強く生きていけると思う結末は素敵でした。
一方で、親身になって調査した城戸は妻の裏切りにあう(でも前から気付いていた)というのは皮肉なラストですが、仕事に生きがいを感じられるなら、そういう生き方もあるかもしれません。この人生は手放したくない、でも、ちょっと他人になってみる。なるほど。
疎外感。
「殺人犯の息子」と「在日」。自分ではどうすることもできない生まれによるいわれなき差別。
世間はその人個人を見ようとはせず、その素性だけでその人を見てしまう。そんな世間で生きづらさを感じて生きてきた両者。
一方は戸籍を変えて全くの別人として生きようとした。一方は帰化をして日本社会に溶け込もうとした。
戸籍を変えた男は事故で命を落としたのをきっかけに別人に成りすましていた事実が明るみになる。
帰化した男は、社会的地位と家庭を手に入れて一見何ら問題がないように見えた。しかし彼は常にこの社会で疎外感を感じている。
たとえ全てを手に入れて、帰化までして日本社会に溶け込んでも己のルーツを否定することは出来ない。どこへ行ってもそれは自分にまとわりついてくる。「殺人犯の息子」としてその偏見のなかで生きてきた男の姿が自身とかぶる。
真実を知った妻はたとえ夫の名前が別人であろうとも自分が愛した男には違いがないと言う。戸籍を変えた男はほんの束の間ではあったが自身の人生を全うすることが出来た。
作品ラストで別人に成りすます城戸の姿。この社会では常に疎外感がまとわりつく彼にとって、自分ではない全く違う誰かを演じることでしか、この社会の偏見から逃れるすべはないのかもしれない。ほんの束の間の安らぎを得る唯一の方法として。
他者の人生を歩む理由は……
亡くなった夫の葬儀の為に親類を呼んだら別人であることが判明し、戸籍などの手続きの為に弁護士に真相の究明を依頼するが――
他者の名前を騙り、自分を知らない土地で職をえて、家族を持ち暮らした彼の過去に迫る中で
明らかになる事実。
人は自らの生まれ、という呪縛から解き放たれることはできないのか、いろいろと考えさせられる。
それで幸せになれるならそれもまた人生か?
魂の救済
原作を読んだ時に感じた虚無感より、過酷な運命から逃げてきた「ある男」が最期に過ごした日々の温かさの方に心が満たされました。義父の出生の秘密を知った長男と安藤サクラさんのシーン、窪田正孝さんの山中での幻想的なラストショット、良かったです。
どんな人生も救われる希望があるのだと信じたいなあ。という感想です。
さて、妻夫木聡さん演じる主人公は、分人と化した自分との折り合いをいかに付けて生きてゆくのか。現代に生きる私たちの誰しもが抱える闇とともに、謎が解けないままに映画は終わっています。
救済への鍵は、ひとりひとりに委ねられているという平野啓一郎原作作品らしい突き放したラストでした。
ルネ・マグリットの不思議な絵の魅力も加わって、印象的な作品となりました。本年度邦画no.1かな。
怖い
ストーリーの骨子は哲学的なもので、人は「遺伝的に自己を形成するのか」もしくは「環境の中で自己を形成するのか」を比べ合うようなものでした。結局の所「どちらかを分ける事なんて出来やしない」と答えが出ているのにそれを下敷きにダラダラとしていました。ブレードランナーやフランケンシュタイン、攻殻機動隊の焼き直しにもなっていませんでした。
戸籍の改ざんについて、少年以外には誰も迷惑していないし(名字を変えるのが面倒)皆それ相応に現状に満足してうけいれていました。
そもそも戸籍の改ざんに問題があるとするならば、すでに国家権力動いているはずです。
まあ、それだと映画にならないのでしかたがないと思います。
映画としては、しっかりとまとまっていて、あまり退屈はしませんでした。音楽が少なかったので、役者さんの力量頼るところが多分にありました。特に主軸の3方は素晴らしかったです。ただ、脇役の方々も良い役者さんばかりなので、高い次元で演技レベルが集まりすぎていて全体が薄まっていたように感じました。
あと、妻夫木さんのシーンはオレンジ系の明るい色味で、一方の窪田さんの方は淡いブルーの色調撮られていた思えたのは気のせいでしょうか。
この映画ように簡単に戸籍を換える事ができたなら保険金殺人とか、偽装結婚等が頻発し(替え玉受験とかあるし)、社会混乱が起きると思うと怖くなりました平和な世の中でいてほしいですね。
あと泣けませんでした。
この作品には誤解、偏見を招く看過できない箇所があります。
まず、最初に作品全体としてはミステリ風味のヒューマンドラマという点では、演者の熱演、怪演も相まって非常にレベルの高いものである、と評価したいです。
だがしかし・・・原作によるものか映画自体の脚本によるものか原作未読の私には判別出来ませんが、明らかに偏見を助長する内容が明示されており、それには閉口いたしました。
いわゆるこの作品における社会派きどりの論点です。
それは死刑囚の実父が獄中で描いた絵を経験上その絵を知り得ない子供がほぼ同じ筆致で再現できたという点。おいおい、普段の風景画とまるで画風が違うじゃんかというツッコミつきです。
それが暗喩されるレベルならまだ救いがあるが、物語のキーポイントで使われ、人物特定されてしまうくだり。
犯罪心理学的に凶悪犯(作中では死刑囚)が描く絵の一部に一種の特徴、異常性があることを示唆する内容で、それは研究論文もあることから一定の評価をすべきです。
が、この凶悪犯の異質な感覚、精神構造子孫にも遺伝する・・・的なところを物語上の確定情報として記すのは大変ナンセンスかつ誤解を招く内容だと思います。
あとテレビでやってるヘイトスピーチについても扱い方が雑、かつ非常に表面的で、在日問題の芯をまるで捉えていない。ここは全く論点ではない。
こんな扱いなら無理に触らないほうがまし。冒頭にあった義父の発言のほうが余程、感覚的には的を射ています。こちらはいわゆる老害レッテル張りの高齢者ヘイトですけどね(笑)。
じわっとくる読後感は良かっただけに、作品の完成度としては非常にもったいないなあと思いました。
では。
宿命
自分ではどうすることもできない背負って生まれてきたもの。
死刑囚の息子。鏡に映っているのは父にそっくりな顔。在日であること。帰化しても出自はついてまわる。
変わるためにはすべてを捨てて他人になりすまさなければならないのか。いや、それでも変わることはできない。
暗く重い内容なのに観終わって気が重くならない。
ある意味ミステリーなのに気を衒わない誠実な演出。
里枝が大祐に、大祐が里枝に惹かれていったように観ている私たちもいつしか二人の哀しみに寄り添っている。
城戸と共に大祐の身元調査にのめり込んでいく。
安藤さくら、窪田正孝、妻夫木聡。
主役三人をはじめとする俳優さんたちの魅力に引き込まれていく。
予告で観た柄本明。また柄本明こんな役かと思っていたら、柄本明は柄本明をはるかに超えてきた。
山口美也子と池上季実子の変わり様。
でんでん、きたろう、モロ師岡に小籔千豊。笑いを封じた真面目な演技。小籔千豊あまり好きじゃなかったけどよかった。
出番は少ないが清野菜名と仲野太賀。仲野太賀の続きはジャパニーズスタイルなのかな。
いつもはチョイ役だけどちょっと長めに出てたカトウシンスケと眞島秀和。
そして河合優実が出てた。「百花」は河合優実目当てで観に行ってガッカリしたけど、今作は出てるの知らなかったから得した気分。
あ、アジアの天使も出てました。
個人的には母子の会話、あの男の子の台詞で終わってくれた方がよかったかな。しあわせな時間があったのは事実だったに救われる。
正体
実際そういう事に悩んでる人はいるのだろう。
なかなかに咀嚼しにくい物語であった。
それが出来たとして、新たな十字架を背負う事になるような気もする。誰に嘘をつけても、自分に嘘をつく事は不可能だ。自分が何者で何をしてきたか、自分だけは全てを知っている。
なんか禅問答みたいな話だった。
調査報告書を読んで妻は言う。
「分かってみたら、なんでこんな事知りたかったのだろうか。」
でも、きっと分からなければソレはずっと引っかかっているもので…自分ではどうする事もできない呪縛の存在を糾弾しながらも、重要視されてる背景を否定しきれないように聞こえる。
仮に「今」が最も重要な結果だとして、過去に囚われる事なく、その結果のみを信じたとしても、その「今」は様々な要因で変わっていく。その「今」が破綻した時に、過去を問わなかった事に後悔はしないのだろうか?
なってみないと分からない。
そうならないように生きていくしかない。
ただ、まぁ、そうやって更生とか自立を阻むものも社会には多い。勿論、人にも。
親の罪とか、先祖代々の因縁とか、ぶっちゃけ自分には関係ないのだけれど、そう思って生きるべきだと思うけれど、そういう人が目の前に現れたら、その事を言ってあげれますか?と問われれば即答できない。
その事がつまらない事だと分かるまで、深く付き合いたいと願うのが関の山だ。
ミステリーだとワクワクしながら行ったのだけど、無茶苦茶社会派な内容だった。
俳優陣は皆さま熱演だった。
江本明さんは流石の貫禄だった。彼が自分の素性をあやふやにした時、背後に禍々しい渦が見えたし、この作品自体の結末が全くわからくなった。
なんて事をしやがるんだ…。
なのだが、その事自体はそれっきり、作品になんら爪痕を残す事もなかった。
なんだろ、他人になりたい訳じゃなく、自分から逃げたいって事なんだろな。
全然、咀嚼しきれてないので、皆さんのレビューでも読んで飲み込めるようになりたいと思う。
ただ、正直に生きようとも思えない。
非情なる真実の刃に無数に貫かれながら、重い荷物を背負って歩く自信はない。
■追記
kossyさんのレビューに「ある男とは誰の事だったのだろう?」って記述があった。
この投げ掛けが、結構衝撃的だった。
「ある男」とは、総称のように思う。
ラストのバーのシーンで、妻夫木氏が素性を偽り話出す。一人称は「私」だ。
彼のプロフィールが彼の口から語られる。
で、彼がどういった人物なのか、何から糸口を見つけて他人は彼のイメージを確立していくのか。
偽りの自分の情報を話した後、最後に話すのが「名前」だった。
名前と出生を聞いて、それまでの時間が瓦解する事はあるものの、彼を理解する上で必要なのは、名前や出生ではないのだ。
名前を告げずに別れたのなら、その人にとって彼は「ある男」としか言いようがなく、それは名前や出生から形成される人物像ではないはずだ。
どんな名前で、どんな出生であったとしても「ある男」っていうフラットな視点が介在するのだと、そんな事を提示したラストに思えた。
と、こんな事をkossyさんのメッセージに直接書き込むのも憚られたので、自分のレビューに書いてみた。
kossyさんのレビューのおかけでちょっとスッキリした。
全130件中、61~80件目を表示