雨の日は会えない、晴れた日は君を想うのレビュー・感想・評価
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なんか良い。とてつもなく。
何でしょう。
説教くさくないのも良い
べつに立派じゃないのも良い。
でも、なんか胸を打つ。
すごく好き。
なんだろう。
この形容しがたい気持ちにさせるのって、
個人的には、傑作の証なのだが。
衣装も素敵。
音楽も素敵。
何度も観るでしょう。今後。
破壊と再生
劇中でも似たような表現をされていたが、今作のテーマを乱暴にひとことで表すと「破壊と再生」であると思う。より正確をきすならば「破壊と気づきと再生」になるだろうか。
妻の死を悲しめない自分に疑問を感じたことをきっかけに、今までの「ライフスタイル」を文字通り含め「壊して」いく主人公。そのなかで、義理の父や、ある
件がきっかけで知り合ったシングルマザーとその息子らとの関わりを通じて、自身と向き合い、愛していないと思っていた死んだ妻への愛に気づき、そして改めて自身の人生を歩み出すという話。
よくある話の骨格ではある。ただ、各俳優陣の演技と要所要所のイベント、見せ方の上手さに集中がとぎれることなく最後までみられた。大変心に響く作品であったのだが、一点。
妻への愛。それはもともとあったものを忘れていた・おろそかにしていた→それに気づいた・思い出した、という流れで理解したのだが、疑問として、それってほんとうにもともとあったものだったのだろうか。主人公がいろいろやっていくなかで、デカルトの「我思う」じゃないけれど、壊しても壊しても、壊れないで最後に残っていたものが妻への想いでした、というよりは彼が劇中いろいろやっていくなかで「本来はこうあるべき」という常識というか妄想に従って作り上げてしまったものなんじゃないだろうか。そうだとするとそれは妻への愛とかそんなものではないわけで……。うーん(´・ω・`)
妻の死に泣けない男
妻の死に泣けない男。昨年の邦画「永い言い訳」もそうだったが、私はこの手の近親者の死に対して、人が壊れかけながらも気付き、そして受け入れていく物語が好きなのかもしれない。(一昨年の「君が生きた証」も良かったな。)
故人に対しどれだけ関心があったか、どれだけ故人のことを知っているのか。このことは近親者だからこそ、誰に責められるわけでもなく、むしろ深く悲しんでるだろうと一方的に同情され、そのことにまた苛まれる。
狂気じみてて、でも本質として優しい演義はジェイク・ギレンホールの真骨頂だと思う。素敵。それとこの監督(ジャン=マルク・バレ)は、私好きかも。
疎かにした愛の報復。そして修復のための破壊。
妻を交通事故で亡くし、そのやり場のない感情をなぜか商品が出てこなかった自動販売機のカスタマーセンターへの苦情の手紙に認(したた)める男。愛する人を失って悲しい、という物語ではなく、失った人のことを心から愛していなかったことに気づくやり切れなさ、そして涙も出ない悲しみも押し寄せてこないことに対するもどかしさ、確実に心は壊れて傷ついているはずなのに、そのことに自分だけが気づかないまま日々が過ぎていく。そんな男が、義父に言われたある言葉を思い出し、行動に移す。
それは、原題の意味でもある「破壊」「解体」。壊れたものを修理するには、一度分解する必要がある。男は「修復」のための「破壊」を繰り返す。自宅の冷蔵庫、オフィスのトイレ、挙句には妻と暮らした家そのものまで壊し始める。その「壊す」という行為がなんだかとてもシンボリックに見えて、ちょっとしたフェティズムまで感じるほど。この映画、撮りようによってはちょっとしたヌーヴェルヴァーグ映画のようになっていたかもしれない。この映画の破壊にもし官能が加わっていたら、それは現代のヌーヴェルヴァーグだったかも。
簡単に言ってしまえば、妻を亡くした男のこころの再生の物語、ということになってしまうのだけれど、その過程が「破壊」であるという独自性と信憑性のつけ方が個人的に好きで、作品のタッチも私好みだった。
この邦題のつけ方も悪くない。映画を見た後で、ついついこの邦題について語りたくなってしまうって、ある意味すごく巧い戦略。実際、作品を見れば、このタイトルの意味が分かる仕組み。なるほどね、と。疎かにしてしまった妻への愛の有様を、妻亡き後、助手席のサンバイザーに張り付けたメモが語るという巧さね。しかもそれを一度、読まずに握り捨てているのも鍵。こういう映画、好きです。
あまりにもメタファーだらけの作品で、セリフで説明しない部分も多いので、本当に映画全体を見渡していないとなかなか理解しにくい部分もあるかもしれないし、主人公の気持ちに寄り添えないと「共感できない」の一言で片づけられてしまいそうなのだけれど、逆に主人公の気持ちに心が重なって、物語の意味が突然ふと分かる時がくると、すごく心に染みるいい映画だと思えると思う。私は偶然この映画が心にハマって、じっくりしみじみ胸が震えるような感覚でした。
自分を壊しながら組み立てていくで賞
展開が多くて飽きない映画だった。
音楽のチョイスがクールでとてもいい。
重い雰囲気はあまり無く、
自分探しのような感じ。
ふとしたキッカケで知り合う、
シングルマザーとその息子との
関わり合いがよかった。
ジェイクももちろんよかったけど、
息子役の美少年!必見。
音楽もかっこいいので、
ぜひ映画館で。
日本語タイトルが指すところ
原題は「DEMOLITION」(解体、分解)。
これが何故、こんな日本タイトルになったのかしらん、と訝しく思うことしきりなのですが、それは観てみて、よくよく考えるとわかる。
金融会社のエグゼクティブを務めるデイヴィス(ジェイク・ギレンホール)。
彼がいまの地位にいるのは、妻のお陰。
妻の父フィル(クリス・クーパー)が会社の社長で、結婚を機にいまの地位を得た。
しかし、エグゼクティブとして多忙な日々は、妻との生活を遠ざけてしまっていた。
そんな中、デイヴィスは妻が運転する自動車に同乗していて事故に遭う。
そして、こともあろうか、妻は死に、自分は生き残ってしまう。
妻が不在の日々・・・
けれど、デイヴィスには悲しみの気持ちが湧いてこない・・・
というところから始まる物語で、デイヴィスの悲しみさえ湧いてこない空虚な心を抉(えぐ)り出すような映画である。
この後、デイヴィスは二つの行動をとる。
ひとつは、妻が亡くなった日、病院の集中治療病棟で利用したスナック菓子の自動販売機が不調で商品が出ず、そのことについてクレーム状を自販機会社に送ること。
その際、妻が亡くなった日であること、それをきっかけにして、妻と自分の過去を思い出し、クレーム状に綴っていく。
これは、その後、自販機会社の顧客担当カレン(ナオミ・ワッツ)とその息子との何やかやの事件へと発展する。
もうひとつは、事故に遭う直前に妻から頼まれた水漏れ冷蔵庫の修理。
「修理の前には分解することが必要」という義父の言葉を妻から思い出し、分解する。
ただし、分解ではなく、解体・破壊といったような状況。
その後、この解体衝動がデイヴィスにつきまとう。
解体したかったのは、さまざまなモノではなく、自分の心だということに気づいているのかいないのか判らずに。
解体した自分の心が、カレンとその息子との触れ合いで再生していく・・・
簡単に言えば、そんな物語なのだけれど、ひとえに演出に起因するのであろうが、気づいていく様がわかりづらい。
この映画でキーとなる台詞はいくつかあるが、いちばんのキーポイントは、自分の心と妻の心に気づいたデイヴィスが、終盤、フィルに言う台詞。
「愛はありました。しかし、疎かにしていました」
夫婦生活が危うくなっている中で、どうにかにして、幸せだった日々を思い出してほしいと、妻が発信していたメッセージを気づかなかったデイヴィス。
それに対して後悔を表した台詞である。
そして、妻が発信していたメッセージは・・・
ひとつは「水漏れを止めてちょうだい」、
もうひとつは「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」、
そして「椅子以外は、あなたは座るところに興味がないのね」。
ひとつめの「水漏れを・・・」は、妻がデイヴィスに頼む事柄であるが、冷蔵庫の内側に付箋紙で貼り付けられている。
これは、冷蔵庫自身が発している言葉でもある。
ふたつめの「雨の日は会えない・・・」は、自動車のサンバイザーに貼り付けられている付箋紙の言葉。
これも、サンバイザーが発している言葉であるが、同時に、妻がデイヴィスに発している言葉でもある。
最後の「椅子以外は・・・」は、デイヴィスと妻が、まだ幸せだった日に、海岸の古い回転木馬にふたりで乗った日、木馬に乗った妻が傍らに寄り添うデイヴィスに言った言葉(ただし、映画では台詞の音声は消されている)。
そして、これは、事故直前に妻がデイヴィスに投げかけた言葉。
いずれも、危機的状況の中で、わずかながらの希望と愛を信じて、デイヴィスに投げかけていた言葉。
デイヴィスは、それに気づかなかった。
そして、もうひとつ、この映画で重要な点は、妻が妊娠していて、中絶をしたということ。
映画の中で、妻の母親から、子どもは妻の情人の子どもだったとデイヴィスに告げられるが、そこのところは、あからさまには描かれない。
というか、妻に情人がいたことは、少しも描かれていない。
さらに、デイヴィスを付け回す自動車の主が、妻の情人ではなく事故の加害者だったということから考えると「情人はいなかった」と推察できる。
つまり、子どもはデイヴィスの子どもであったが、なんらかの理由で中絶したということ。
その理由は、エンディングからこれも推察すると、妊娠時検査により胎児がダウン症だったからではなかろうか。
推察する根拠は、
胎児のエコー映像に何らかの文書(診断結果と思われる)が一緒に出ていること、
エンディングで、妻と一緒に乗った回転木馬(解体ではなく修理している)に、ダウン症の子どもたちをたくさん乗せて楽しんでもらうイベントを行っていること、
そして、そのイベントで子どもたちと一緒になって義父も微笑んでいること、
などを挙げることができる。
そういう意味では、この映画の後半、物語はすこぶる厚く、ドラマチック。
なのだが、監督のジャン=マルク・ヴァレは、そんなドラマチックなストーリーテリングを拒絶するかのように、説明を省略し続ける。
「愛はありました。しかし、疎かにしていました」、それさえ判ればいいだろうといわんばかりに。
これだけ長々とレビューを書いたのは、観終わって、この映画にどこかしらの蟠り(わだかまり)を感じたから。
ストーリーテリングを拒絶するようなぶっきらぼうな演出と、その奥に隠されていると思われるドラマ性。
それを、自分なりに読み解いてみたかったから。
まぁ、かなり、一緒に観た妻に助けられたところはあるんだけれど。
評価は結構迷ったのだが、演出のわかりづらさはやはり減点せざるを得ないだろうから、この点数としておきます。
デモリッションのオープニング
ウォゥウォゥ....!!クラッシュしてから出るタイトルの流れが好き。
J・M・ヴァレは「ダラス・バイヤーズクラブ」に"お遍路の女"と実話を描いていて撮り方は「わたしに会うまでの1600キロ」"お遍路の女"に近い印象の本作。
セリフでの説明は極力せずにイメージ映像的に過去を断片的に入れてくる演出。
N・ワッツの変態的な行動が気味悪く。
苦情の手紙からJ・ギレンホールに興味を持って相手して尾行までする根拠が解らない。
子役が全然、魅力が無くて存在感も薄いってか意外に話の中心にはならない感じ。
成り行きで交際して流れで結婚してしまう感じは理解出来るけれど奥さんが死ぬ前から?死んだ後から?J・ギレンホールの精神的に崩壊する変化の理由がイマイチ納得出来ず話の展開も何処に進んでいるのか中途半端な、オチも含めて。
蓄積された
主人公が行なった破壊活動は見ていてとても爽快な気分になりました。私達が普段抱え込んで塞ぎ込んでしまうようなところを主人公は破壊(分解)を行うことによって自分にわかりやすいように咀嚼したのではないでしょうか。だからこそ、私達はカレンと同じようにあなたのように正直になりたいと思うのだと感じました。主人公に愛を疎かにされながらも、ジュリアが車のサンバイザーにメモを残してあったところでは心の中に温かいものが広がりました。類をみない作品だと思います。
自己
明らかに何も感じていないことはなく、彼の心は壊れている訳で、受け止められていないだけにみえる。
破壊によって自己を取り戻したというより、破壊によって知らなかった事実に直面したことがきっかけで…。
何ともやりきれない話だけど、暗く沈んだ感じはなく軽妙な作品だった。
喪失感の先にあるもの
「ナイトクローラー」での凄みのある演技で観客を魅了したジェイク・ギレンホールの主演最新作は、昨年公開された西川美和監督の「永い言い訳」を彷彿させる。
まず主人公の設定が、妻を交通事故で突然亡くしたにも拘らず、悲しみが無くて涙も一滴も出ないこと。
そして、ある事で知り合った親子との交流を通して主人公に変化が訪れること。
更に、妻が残していたもので心の硬い殻が割れて、埋もれていた感情や気持ちが表に出ていくところ。
ただ、衣笠幸夫と本作の主人公デイヴィス・ミッチェルは、本当の気持ちに辿り着くまでのアプローチが違う。
会社の上司で義父でもあるフィル・イーストマンの「心の修理も車の修理も同じことだ。隅々まで点検して、組み立て直すんだ」という言葉を契機に、恰も“答え”を見付けようとしているみたいに、自分の身の回りにあるものを次々と分解、または破壊していく。
本作の原題“Demolition”は主人公のこの行為からきている。
それでは邦題の「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」は何を意味するのか?
本作は、デイヴィスがこの少し抽象的な言葉に辿り着くまでの心の旅を描いている。
ジェイク・ギレンホールは複雑な人物を演じることが多いように思うが、それは、どのような役柄でも現実離れさせず、我々に共感を呼び起こさせる確かな演技力があるからなのだと思う。
そして、この男の心の旅を見守り、手を差し伸べるシングルマザーのカレン・モレノをナオミ・ワッツが、同様に喪失感から再起しようとする義父のフィルをクリス・クーパーが演じていて、作品に彩りやアクセントを付けている。
主人公が破壊の果てに見出したものは何だったのか?
冬の長いトンネルを抜けて、春の光に包まれたようなラストが心に残ります。
タイトルについての解釈
妻の死を乗り越えて行く・・という展開は「永い言い訳」と少し似ているのですが、この映画では主人公は自分の内面に向き合い過ぎて、全てを壊し、再生して行こうとしているのかな、と思いました。
タイトルのメモは妻が記したものです。
このメモの解釈(誰にあてたのか、主人公はそれを読んでどう思ったのか)について、友人と解釈が著しく違っていました。
もう一度観て観たい映画です。
好みの分かれる映画だと思います。
映画の説明から、感動系のヒューマンドラマだと思っていましたが、予想と全く違う内容でした。決してつまらない映画ではないのですが、主人公に全く感情移入できませんでした。人を選ぶ映画だと思いました。
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