オノ セイゲンPresents<映画の聴き方> Vol.1 映画の半分は音である

2023年9月24日 11:00


オノ セイゲンさんのスタジオにて
オノ セイゲンさんのスタジオにて

坂本龍一さんの「戦場のメリークリスマス」サウンドトラック(1982年)録音に参加したことで知られる、世界的音響エンジニア、オノ セイゲンさんに映画と音、音楽についてのさまざまなトピックを伺う新企画<映画の聴き方>。

難しい専門用語は少な目に、調音の仕事について、また一般の映画ファンが最上の音と環境で映画を楽しむための秘訣や工夫をわかりやすく語っていただきます。時にはゲストとの対談も。1回目はセイゲンさんのお仕事と、マスタリングについてのお話です。

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■オノ セイゲンさんってどんな人?

銀座の音響ハウスの映写係からキャリアをスタート。録音エンジニアとして、1982年の「坂本龍一/戦場のメリークリスマス」から、ジョン・ゾーン、アート・リンゼイ、デイヴィッド・シルヴィアン、マンハッタン・トランスファー、オスカー・ピーターソンキース・ジャレットマイルス・デイビス、キング・クリムゾン、渡辺貞夫加藤和彦ら多数のアーティストのプロジェクトに参加。作曲家、アーティストとしても活動しています。

アルバム「COMME des GARCONS SEIGEN ONO」は2019年度ADC賞グランプリ受賞。キャリアのすべてはここに書ききれないのですが、2012年から、「ニュー・シネマ・パラダイス 4Kレストア版 Blu-ray」「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX」など、映画のパッケージ(Blu-rayなど)の本編音声のリマスタリング(※1)を手がけています。また、今年4月からは、「目指すはラグジュアリーなオーディオルーム。」をテーマに、東京・池袋の新文芸坐で、セイゲンさんがリマスターしたBlu-rayだけでなく、音楽や音の素晴らしい映画を紹介していく上映会「Seigen Ono presents オーディオルーム新文芸坐」を月に1、2回開催しています。

オーディオルーム新文芸坐で音の調整
オーディオルーム新文芸坐で音の調整

■映画の半分は音である

映像とは別に録音された、ダイアログ、効果音、そして音楽がミックスされた状態が映画の音です。もともと何をどう録音するか、その場所(空間)や道具も大事です。そして、映画の最終工程でMA(※2)という作業が入ります。ハリウッドのような予算が潤沢にあるスタジオで行われるものは、低予算のインディペンデント映画と比べて、かかわる費用も人数も100倍以上違います。「映画鑑賞体験の50%は音響」はジョージ・ルーカスの格言だったと思いますが、素晴らしい音の場合は、50%+50%は300%になり、それは人生が変わるほどの影響力があります!

MA(※2)とは

日本ではMA(マルチオーディオの略)と言いますが、世界的にはオーディオ・スイートニングと言います。1.ダイアログ、2.効果音、3.音楽、それらの要素をダビングステージ(=映画館サイズのスタジオ)やMAルーム(スタジオ)でミキシングする(=バランスをとる)作業です。

1.インタビュー番組のように台詞を同録(撮影と同時に音も録音)するのは稀です。映像に合わせて台詞をアフレコ(後から台詞を録音)します。
2.フォーリーアーティストと呼ばれるプロが足音、爆発音や全ての効果音を作ります。ドキュメンタリーなどは「そのまま」を録音しますが、映像と合わせた時に効果音は本物よりリアルに聞こえることが重要です。
3.音楽を、作曲家に発注して音楽スタジオで録音したり、音楽出版社、レコード会社などからライセンスされます。

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■音から受けとる情報、効果、その重要性

映画は、自分の人生では体験できないことを、モンタージュ体験できるアート、エンタテインメントです。現実世界では時間軸の編集と、空間(場所)の移動や合成は不可能ですが、映画は撮影後に編集で時間軸を入れ変えたりすることで物語を全く違う流れにできます。観る人の人生経験、文化的背景にもよりますが、感受性の高い人には、映画の音は映像以上に強烈に重要で、優れた録音と再生によるダイアログや音楽は、観客の無意識のうちに、まるで実際の体験のように感情を揺さぶります。でもそれは、良い映画館とかホームシアターでの話。スマホ、サブスクではあらすじを書いた文字情報を読んでいるのと大差ないと思います。それは体験とは言いがたいですね(笑)。

セイゲンさんがリマスターを手掛けたBlu-ray
セイゲンさんがリマスターを手掛けたBlu-ray

■映画のパッケージ(Blu-rayなど)の本編音声のリマスタリングについて(※1)

「4K修復版」(映像のリマスター)なら映像をオリジナル・ネガから「高繊細に」スキャンし直して、ノイズを除去して、色調を整えるとクリアな、今まで見えなかったような細かい部分まで見違えるようになりますね。オーディオトラック(音)も同様です。最新の技術で「高繊細に」大元の磁気テープやフィルムから取り込めるのはまれで、光学トラック、 ドルビーステレオ、LPCMなどのフォーマットから取り込みまれた素材が届きます。デジタルで取り込んで、本編音声も(予算と時間の許される範囲内で)キズやノイズを除去して、トーンを整えるべきなのです。すると今まで気づかなかった繊細な音が伝わりやすくなります。例えば台詞が聞き取りやすくなり、明瞭に込められた感情が届きます。音楽はハーモニーや繊細なアレンジが伝わり、効果音はそれなりに。空間の奥行きも圧倒的に感じられます。しかし、デフォルメはしてはいけません。

映画の「Blu-ray化のための音声マスタリング」という工程は、僕たちがやるまで業界でワークフローにはありませんでした。本来スイートニング(MA)でそこまで完成しているべき行程なのですが、そのスタジオのモニター(スピーカー)環境、精度に影響を受けるので、必ずしも満足のいく仕上がりになっていないこともあります。最新のメジャー作品は最初から最後までデジタルで仕上げますので問題は少ないです。「音の修復」という(和食のように)デリケートで地味で見えない作業は、日本人は得意なはずです。デジタル庁や文化庁から助成金や予算を付けて欲しいですね(笑)。

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映像はメディアが代わるごとにリマスター作業が昔からありますが、音はメディアが次世代になっても、そのままコピーされるだけのことが多く、手直しが入ったとしても大きなノイズを聞こえにくくする程度のことしかされていない場合がほとんどです。それは作品の修復や再上映のためにかけられる予算が限られてることが理由のひとつです。もちろん細部まで理想にこだわる作品、例えば、リドリー・スコット監督自身が監修した「ブレードランナー ファイナル・カット」は音も6トラックの要素からミックス(MA)し直したそうです。

僕が初めてかかわったのは、2012年のシネフィル・イマジカ(現シネフィルWOWOW)というレーベルの山下泰司さんからの依頼です。今までに、56タイトルのBlu-rayを手掛けています。ハリウッド・メジャーの予算も十分にかけられた新しい映画なら改めて音のリマスタリングは必要なく、また品質の管理にうるさいこともあり、外部の者が触れることはできません。しかし僕が依頼を受けたのは、主に古いヨーロッパ映画で、フェリーニ、ヴィスコンティ、ルイ・マルなど自分の好きな作家の作品ばかりでしたので予算は度外視し(笑)、この音楽用のスタジオで、自分もマニアックな映画ファンとしても満足できるクオリティに仕上げたいと取り組みました。そこが始まりです。

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扱う素材の映像は、ネガやポジから2Kや4Kデジタルにコンバートされ、デジタル上で汚れやノイズ、傷を取り除き、鮮明になっています。しかし、音のデータは光学トラック(音を光の波形に変換したものがフィルムの映像の横に入っています)から普通にデジタルスキャンニングされた状態で届く場合が多いです。その素材を、昔のレコードのリマスターと同様に、モノラル、2ch、5.1chでも、僕が音楽のマスタリングで使用するかなり高価なオーディオシステム、効果的な場合はアナログの機材まで使って調整しています。映画を製作した当時のダビングステージではきっとこういう音だったんだろうな、という風に考えて、少し磨くとダイアログはより自然に感情が伝わり、奥行きと鮮明さが出て本来の音になり、質感が非常に良くなるんです。

映画のリマスターの工程を写真に例えると、ネガとポジの明るさや質感にこだわるように、音にも高域や低域、ひずみなどを一番良い具合にするんです。僕はライブレコーディングの経験だけは長いので、特に、楽器の音については生の音を知っていて、もともとの演奏と同じように再現することができます。でも、映画の音ではなによりダイアログが大事です。台詞が聞き取りにくくなってしまうようなことにはならないよう、気を配ります。音楽のリミックスのような別バージョンの制作を依頼されてるわけではないですから、映画の音声のリマスターでは、ほんの塩ひとつまみ程度の調整にとどめ、決してデフォルメしてはいけません。映画音楽は、サントラCDより良くしよう(笑)と思いながら作業をしています。

セイゲンさんがBlu-ray音声トラックのマスタリングを手掛けた57作品(2012~2023現在)
→(https://saidera.co.jp/ma/BlurayDisc.html)

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■映画館の音の調整とはどんなことをするのか?

映画の音というのは時代ごと、作品ごとに異なるものですが、現在、池袋の新文芸坐での試みとして、僕が選んだ映画を、1作品ごとに、観客席のスピーカーで最適に聞こえるように調整しています。こちらは、次回以降で改めて解説しますが、ダイアログが明瞭であること、音楽と効果音の質感、イメージが適切になること、全体のボリュームが適切であること、サラウンド成分が適切であること、決してデフォルメしないこと、サブウーファーとメインのLCRに含まれる低音成分がしっかり伸びていて最適になること、明瞭度をとりながらも、決して硬いハイ上がり(高域成分寄り)な音にならないよう、特に子音(SやK、Pなど)、ガラス、金管楽器、爆発音、耳に痛くなる成分が適切になるように気遣います。

セイゲンさんとオーディオルームを作る、新文芸坐の花俟良王マネージャー(前)、映写技師長・梅原浩二さん
セイゲンさんとオーディオルームを作る、新文芸坐の花俟良王マネージャー(前)、映写技師長・梅原浩二さん

<Information>
9月29日、30日の「Seigen Ono presents オーディオルーム新文芸坐」では、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」4Kレストア版を上映。29日19:15の回の上映後に、湯山玲子さん(著述家、プロデューサー)のトークが行われます。今年の東京国際映画祭の審査委員長も務めるヴェンダース監督の映画の音楽、音の魅力をセイゲンさんとともに語っていただきます。また、10月21日には久保田麻琴さんのトークイベント付き「コンサート・フォー・ジョージ」の上映も決定。お楽しみに!

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