劇場公開日 2022年6月24日

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神は見返りを求める : インタビュー

2022年6月23日更新

ムロツヨシ岸井ゆきのにとって、「見返り」の定義とは?

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吉田恵輔監督(吉はつちよしが正式表記)のオリジナル作品「神は見返りを求める」が業界内で大きな話題を呼んでいる。2018年に企画が立ち上がり、20年11月にクランクインした今作だが、いま世間を騒がせる“暴露系YouTuber”を描いており、意作を次々と手がけ続けてきた吉田監督の先見性に改めて注目が集まっているのだ。今作に主演したのは、硬軟自在に演じ分けることが出来る芸達者な2人。ともに吉田組への参加は2度目となった、ムロツヨシ岸井ゆきのに話を聞いた。(取材・文/大塚史貴)

YouTuberという職業を通して、人間であれば誰もが持つ、嫉妬、本音と建て前といった醜さや葛藤を鮮烈に描いた今作で、ムロはイベント会社勤務の田母神、岸井は底辺YouTuberのゆりちゃんに扮した。ムロは「ヒメアノ~ル」、岸井は「銀の匙 Silver Spoon」に出演して以来の吉田監督作。今回はどのような役割を求められて呼ばれたと解釈したのだろうか。

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ムロ:初めて「ヒメアノ~ル」でご一緒させて頂いたのですが、吉田さんの撮影本番以外のときの人柄に触れながら面白い方だなあと感じ、またいつかご一緒させてくださいと挨拶してお別れしたんです。今回は、役者として台本の最初に名前が出て来るというポジション。役柄的には、イメージもあるとは思うのですが良い人ぶるところを含めて求められたのかなと思っています(笑)。

僕が演じる田母神は、“神”レベルで良い人というところからスタートしますが、豹変するというところも含めて任せてくださったのかな。そして、良い人だからこそ変わってしまう部分を託されたのかなと感じました。

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岸井:「銀の匙」の現場は北海道で1カ月半、結構過酷だったんですね。映画の話とかも色々しましたけど、どんなシーンを撮っていても吉田監督は吉田監督なんです。どんなにシリアスなシーンを撮っていたとしても……、吉田監督を知らない人に説明するのが難しいんですよね。

ムロ:言葉にすると軽くなり過ぎちゃうし、重くなるとそれはそれで違うんだよね。

岸井:そうなんです! ずっとポケモンをやっていますし、変わった方なんですよ。自分が呼ばれた役割と考えると難しいですが、この作品とは全く関係のないインタビューで、吉田監督が私の名前を出してくれていたんです。私は私で、吉田監督作品が好きでずっと観てきていましたし、また歯車が合ったのかなって感じがします。

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映画の序盤では、合コンで意気投合した田母神とゆりちゃんが、協力し合いながら再生回数アップのために奮闘する姿が映し出される。良好なパートナー関係を構築していたはずが、ある事件をきっかけに亀裂が生じ、互いに「見返りを求める男」「恩を仇で返す女」に豹変してしまう。

ムロ:どちらの役も、人というのは変わってしまうんだ……という部分を体現することが求められていたと思うんですよね。田母神よりも先にゆりちゃんが変わっていく。田母神はそれを目の当たりにして、変わっていく。そういう意味で、ゆきのちゃんの仕事量が半端ないなあと思っていましたね。

岸井:途中まではとても楽しかったんです。

ムロ:幸せだったもんなあ。結果が出ない時が一番楽しかったりするからね。自分の役者人生に置き換えてみてもそうですもんね。お金はなかったけれど、結果が出ていないときは試行錯誤を繰り返しましたから。

いまは、こういうポジションで少なからず物語を背負わせて頂いています。そこを目指してやってきたから、もちろん嬉しいんですが、がむしゃらになってやっていた頃のことを思い出すんですよね。

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――ムロさんは出演決定が発表される際、「演じている自分にここまで腹が立ったことはない」とコメントを残されています。そういう状況下で、現場での心の拠りどころみたいなものはあったのですか?

ムロ:今回、それがなかったんですよ。だから、きつかったですね。物語の中に没頭していたので、ゆきのちゃんとも撮影現場では距離を置いていましたから。監督がゼロから1にして作った脚本に対して、自分なりの落としどころを見つける作業をしていたので……。

それって、やればやるほどきついんですよね。人を攻撃するという作業は、フリではいけなかった。それに対して「そんな事やらなくてもいいのに!」「変わり方が激しすぎるだろ!」という思いを抱いて、少し腹を立てたりもしていました。

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――岸井さんも、出演発表時に「みんな必死に生きています。必死に生きて、この有様。みんなどこか、身に覚えがあるかも?」とおっしゃっています。岸井さんの脳裏に浮かぶ「見返り」ってどのようなことですか?

岸井:ゆりちゃんは、見返りを求められる方ですよね……。この作品に限定して考えると腹立たしくもなりますが、本当はもう少し優しいことなんじゃないかなって思います。

ムロ:見返りの定義って難しいよね。説明しようとすればするほど、深い言葉なんだと分かる。何げなくしたことに対して「ありがとう」の一言があるかどうか求めちゃったりすることはあるかもしれないよね。なかったら「ん?」と思っちゃう自分も、どこかにいると思うし。

岸井:わたしはあまり求めないタイプかもしれません。今回のようなゆりちゃんと神(田母神)の関係だったら、私は傷つきます。ひとりで離脱して、落ち込んじゃうという選択をするかもしれません。YouTubeもこっそり見たりして。そう考えると、私が一番許せないのは梅川なんです。あいつさえいなければ(笑)!

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岸井の口から出た梅川とは、若葉竜也が扮した田母神の同僚で、登場人物たちの感情をかき乱す役回りの人物。本編を観れば、ムロと岸井が「あいつさえいなければ、こんなことになっていないのよ!」と言いたくなるのも納得できるはずだ。

ムロ:悪意なき嘘というか……。自分が気づいていないから、一番タチが悪いんですよね。俳優の芝居について話すとき、あまり「上手い」という言葉を使わないようにしているのですが、若葉に対しては「やりよるな」と思うんですよ。本当に彼は「やりよるな」という表現が似合う芝居をするんですよね。

岸井:喫煙所での少し緊張感を伴うシーンでも、「俺?」みたいな素の表情をしていて、すごいですよね。確かに「やりよるな」ですね(笑)。

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――人間であれば、誰しも「」ってあると思うんです。いま、おふたりが胸の内に抱える最大の「」ってどのようなことですか?

ムロ:まずは奇麗事からいきますね。昔みたいに、がむしゃらに挑戦的な選択肢をもって人前に立ちたいというが一番強いかもしれません。いま、それが出来ないのは自分でもブレーキをかけてしまうし、求められていることをやらなければいけないという責任感もある。「やってみろよ」というのは簡単なんですが、そっちに向かう選択肢がいまは僕の中で少ないんでしょうね。でも、最大のを挙げるとするならば、そこなんです。

綺麗事でなければ、もっと休んでいたい(笑)。でも、皆さんのわたしに対する興味がなくなるのも嫌だ。さあ、どうしよう…っていうですね。この世界、難しいですね。最近、休養宣言をされる方もいらっしゃるじゃないですか。そういう選択をする格好良さはあるけれど、わたしはそこには行かないのかなあ。こっそり休んだりはするんでしょうけれども。

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岸井:ムロさんとは初めてご一緒したのですが、吉田さんから「ヒメアノ~ル」の時の現場の居方と全然違うって聞いたんです。わたしの抱いていたパブリックイメージでは、テンションが高くて常に現場を盛り上げてくれているのかな……と思っていたんでね。そうしたら、いつも隅っこで座っている感じだったんです。

別の現場で「次、ムロさんと一緒なんでしょう? 本当にいい人だから!」と聞いていたので、とても楽しみにしていたんです。そうしたら、隅っこにいらっしゃるから……。吉田組のスタッフの方々も「前はあんなじゃなかった」「なんか元気がない」って言っていましたね(笑)。

ムロ:この作品の前に、荻上直子監督の「川っぺりムコリッタ」という作品に参加していたんだけど、荻上さんから「この作品にはムロツヨシのサービス精神とかいらないので、役の事だけ考えてください」ってバシッと言われたんです。そういう世界で生きてみた時に、自分にとってのやり甲斐、お芝居で人前に立つという事に関しての意識が変わったんですよ。

その直後ということもあったんだろうね。この役がコメディだったら、いつものギアというか、ニュートラルな状態でいけたと思うんです。この現場では考え事ができる自分の時間を増やすために、ギアをニュートラルにならないようにしていました。

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岸井:わたし、ニュートラルなムロツヨシを知らないってことですよね。

ムロ:福田組(福田雄一監督)へ行ったら、ニュートラルな姿を見られるんじゃないかな。それがニュートラルなのかは分からないけれど(笑)。

今作では、前半と後半でガラッと趣が変わる。それは吉田監督作だから必然ともいえるのだが、田母神が耐えて、耐えて、本編51分を過ぎたところで一気に爆発する。観ている側としては「来るぞ、来るぞ」という予兆に浸り、前のめりになる瞬間を楽しむこともできるはずだ。ふたりにとって、吉田監督の演出にみる喜びをどこに見出したか聞いてみたくなった。

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岸井:この現場では、「自由演技で」って言われる事が多かったんですよ。クランクインして、ムロさんとの初めてのシーンは、巨大竹とんぼを作るところだったのですが「はい、自由演技で! よーい!」みたいな(笑)。「ゆきのなら行ける!」とか言われながら撮りました(笑)。

ムロ:ずるい演出だよね(笑)。

岸井:ただ、自分の中で言い慣れちゃった部分が出てしまったりすると「今の違ったよね」と指摘されるんです。すぐに気づかれちゃいますね。あれだけテイクを重ねても、絶対に慣れないものを持っているんですよ。テレビを見ているかのようにケラケラ笑いながら見ていますね。

監督としては、いつも軽やかに「こういう風にしてみようよ」「今の違ったじゃん」「分かっているよね」と、投げかけてくれるんです。「いつも見えているぞ!」というのが嬉しいんですよね。ずっと見てくれているのが分かる。ある意味では、繊細な演出。言葉はとてもダイナミックなんですが、心に届く演出をしてくださる。試されているからこそ、それに応えたくなります。

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ムロ:俳優という生き物の生態みたいなものを知っているんでしょうね。任せた方がいい時を分かってくれる。「ここは待っているな……、発信を待っているな」「任せてくれているな」というのを感じますから。ただ、きちんと指摘もしてくれるんです。

僕が終盤、商店街を歩くシーンがあるのですが、その歩くスピードに関しても的確で、ジャッジに関してすごく信頼しています。普段は常にリラックス状態なんですが、あるひと言を発する瞬間だけはとんでもない説得力を発揮してくるんです。

ただひとつ、おかしいことがあるんです。僕ら2人のシーンで、ゆきのちゃんの抜けは撮るのに、僕の抜けは撮らない。吉田組、ムロの正面をあまり撮らないんですね。それについては、今のところ疑問が残っています。だいたい僕の正面を撮らない。なんでなんですかねえ……。

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筆者が、ムロの終盤の芝居を観て、不意に第7回向田邦子賞を受賞した長渕剛の主演ドラマ「とんぼ」のあるシーンを思い出したことを明かすと、ムロは「あれ? それ誰かにも言われたんですよ! 吉田さんだったかな……。僕にとってはすごく嬉しいことです」と相好を崩してみせた。目が点になっている岸井に対し、「キョトン……という顔をしているねえ」と説明する姿からも、今作に手ごたえを感じている様子がうかがえる。

タイトルにも含まれている「見返り」とともに、感情のコントロールという部分が作品世界を通底している。アンガーマネジメントという単語が市民権を得た昨今、ふたりは怒りの感情にどのように対処しているのだろうか。

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ムロ:すべて受け入れることから始めるんですよ。自分がどうして怒っているのか。5分後、1時間後、1日後の最悪の状況を想定するようにしています。そうしていた方が足が動くんですよね。そうしていないと、固まっちゃうので。

僕も田母神みたいに溜めることはあるので、「僕はこの人にこんな事を言われたから怒っているんだな」と受け入れる作業は早いかもしれません。怒りというか、コロナ禍の2年間、失望の状況がずっと続いてきましたから、やっぱりまずは受け入れることでしか対応できなかったんですよね。

岸井:わたしは、その場では受け入れてしまいます。受け止める……というか、ヘラヘラしてしまいます。本当は怒ったほうが良い事もあるんでしょうが、わたしは人に怒りをぶつける事ができないんです。親ともケンカをした事がないので、怒っていると悲しくなります。仕事で目の当たりにした時は、逆立ちしたりしますね。

ムロ:ん? みんなが見ているところで?

岸井:楽屋ですよ(笑)。

ムロ:なんだ、現場で逆立ちしてくれたら和むなあと思って(笑)。

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