ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス : 映画評論・批評

2022年5月10日更新

2022年5月4日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー

巨匠の魔術的采配、炸裂。芸術性と娯楽性に満ちた暴走が止まらない!

心躍るとはこのことだ。14年に及ぶMCUの歴史において、これほど芸術性と娯楽性を兼ね備え、なおかつダークな狂気をはらんだ作品はない。マルチバースという無限にも等しい領域をキャンバスに、我らがストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)が縦横無尽に駆け巡る本作。そこで巻き起こるストーリーをたった数行で説明するのは不可能だが、少なくともここに広がる映像絵巻は、耳に押し寄せる音響と革新的な映像とで、直感的にこの世界を堪能させてくれる。そんな魔術的采配を成したのがサム・ライミであることがなぜかひたすら楽しくて、考えれば考えるほど笑みが止まらない。

ライミの印は湯水の如く見つかる。たとえば、心の闇をむき出しにしたワンダ(エリザベス・オルセン)はアメリカ(ソーチー・ゴメス)という少女を執拗に追いかけるが、そこで次々と開け放たれる扉、己を写す鏡、水を用いた演出はいかにもライミらしい。ワンダの意識が這い回る様子もまた、「死霊のはらわた」(81)でお馴染みの”悪霊の主観映像”を思い起こさせる。他にも地から突き出した腕、暗黒の力を持つ書物、あの俳優のカメオ出演など、ライミ作品に散りばめられた様々な要素が、それとは全く異なる多元宇宙で別の花を咲かせたかのよう。

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と同時に、ライミの特色は“変化し続けること”でもある。かつて「はらわた」シリーズが第二弾のラストで急転直下の展開をみせ、第三弾では奇想天外なアドベンチャー「キャプテン・スーパーマーケット」へ進化したように、本作にもジャンルに縛られず振り切れていく楽しさがある。ほんの短い跳躍の中でいくつもの次元を横断しながら姿形が変わっていく、脳が沸騰しそうなほど芸術性に満ちたシークエンスを生み出しえたのも、まさにこの監督だからこそ。

一方、ストレンジの心象を細やかに描けるのも6年ぶりの単独主演作の醍醐味だ。あの自己中心的かつ高飛車な態度の裏側で、彼は葛藤し、自身の壁を乗り越えようとする。とりわけストレンジが偽らざる想いを吐露する場面には、カンバーバッチの名優たるゆえんとこの役柄への惜しみない愛情が十二分にあふれていた。

無限の可能性を掛け合わせて誕生した本作もまた、巨大な宇宙におけるひとつの奇跡。マーベルの枠組みを押し広げるその実験性、予測不能ぶり、大胆不敵さを、一度ならず何度でも噛みしめたい。

牛津厚信

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