劇場公開日 2019年9月27日

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「たくさんのシーンが心に残る」劇場版 そして、生きる 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0たくさんのシーンが心に残る

2019年10月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

幸せ

 この8月に東京芸術劇場で芝居「お気に召すまま」を観た。坂口健太郎と満島ひかりが主演のシェイクスピアのラブコメディである。そこそこ笑えて面白い芝居だったと記憶している。
 実物の坂口健太郎は背が高く肩幅が広くて腕も太い、いわゆる偉丈夫である。膂力溢れるその肉体から静かに放つエネルギーは、分厚い存在感となって舞台を支配していた。これほど肉体の印象と人物の印象が乖離している俳優も珍しい。
 そういう意味では本作品の、寛容で温厚だが生のエネルギーに満ちている主人公清隆を演じるのに最適の配役だったに違いない。リアリティのある、とてもいい演技をしていた。相手役であるもうひとりの主人公瞳子を演じた有村架純は「フォルトゥナの瞳」のときに比べて目に力があった。坂口健太郎に負けない、素晴らしい演技だった。

 子供が幼いうちに死んだ両親は子育ての苦しみを味わわない代わりに、子育ての喜びを味わうこともない。子供を引き取った人は子育ての苦しみと喜びの両方を引き継ぐ。いい人間に育ってくれたらそれだけで喜びになるだろうが、反社会的な人間になってしまったら、苦しみは何倍にもなる。自分の子育ては間違いだったのか。本作品では、育てた人と育てられた人の双方の視点が語られる。
 運命の女神は屡々残酷になる。登場人物たちの殆どが善人で、他人の立場に配慮し人の気持ちを思いやって、清く正しく美しく生きてきた。なのに悲惨な目に遭う。それはときに人災であり、ときに自然災害だ。
 しかし誰も、運命を呪うことも他人のせいにすることもなく、自暴自棄にもならない。ただ日常生活を淡々と、人との出逢いやふれあいを大切にしながら生きていく。別れもまた、出逢いと同じくらい大切な宝物だ。人は別れた人の思い出を大事に心の奥に仕舞い込む。
 島崎藤村の詩を思い出した。「惜別の歌」として広く知られているのでご存知の方もいるだろう。

わかれといへば むかしより
このひとのよの つねなるを
ながるるみづを ながむれば
ゆめはづかしき なみだかな

 人との出逢いに限らず、事故との出遭い、災害との出遭いは、運命と言うよりも偶然と縁起の為せる現象で、人知の及ばぬところである。恨んでも仕方のないことだ。人はいいことも悪いことも、楽しいことも苦しいことも、すべてを受け入れてただひたすら生きていく。
 本作品は人間をやさしく見守り、人生を力強く肯定する。人は泣き、人は笑う。出逢いがあれば必ず別れがある。そうやって人生が過ぎていく。観終わったあとも沢山のシーンが心に残っていて、瞳子の涙と笑顔がいくつもいくつも脳裏に浮かぶ。素晴らしい作品だと思う。

耶馬英彦