劇場公開日 2019年10月19日

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「「浜辺」=ユリの行き場のない気持ち」愛の小さな歴史 誰でもない恋人たちの風景 vol.1 大熊舜さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0「浜辺」=ユリの行き場のない気持ち

2020年9月3日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

毎日、憂鬱を抱えながら生きるユリは、古本屋の店主のトモの元で働いていました。ユリの心の支えは花や草木です。対するトモは前妻に先立たれ、悲しみにくれていました。二人は夫婦関係にあるが、その間に明確な愛は存在していません。
トモは前妻のことが忘れられず、店の隅に亡き元妻の写真を眺めては、毎日思い出していました。
ある日、トモの小さい頃からの知り合いのリュウタが店を訪れます。父の遺品の本を買い取りに来てほしいと依頼をしに来たのです。トモの視力は僅かしかなく人の顔を遠くからでは認識できないほどのものでした。

後日、トモとユリはリュウタの父の家に本を見に行きます。ユリはそこで一冊の本に目が止まります。それはリュウタの父が死ぬ直前に読んでいた詩集でした。
 リュウタの父が最後に読んでいた詩の内容とは「我が願いは君の心を開くこと・・」から始まる1節でした。
この詩集との出会いが、ユリとリュウタの距離を近づけることになります。それと同時に、ユリがトモの元を離れるきっかけにものなります・・
一冊の本が人と人の関係を変えていきます。人の出会いとは不思議なものだなとつくづく思いました。

「古本屋」は「浜辺」みたいでどこからともなくなくいろいろなものが流れ着く場所。その場所を「今の自分のようだ」と切ない心境を重ねるユリ。「古本」=「行き場のない自分の気持ち」と表現しているところがなんとも切ないです。
そんな「行き場のない気持ち」を抱えるユリは、心がとても繊細になっています。
だからこそ余計に、リュウタの父が残した詩集のフレーズや目が僅かしか見えないリュウタの気持ちが、自分を慰めてくれると思ったのでしょうか。
 またユリは悲しみを抱えながら、草木や花びらみたいにそっと触れ、愛してくれる人を心のどこかで探していたのだと思います。
その存在がユリにとっては、リュウタであると強く信じられたのでしょう。だからユリは、浜辺(古本屋)に漂うことから、陸に上がって自分の足で歩くことを決意できたのだと思いました。

大熊舜