劇場公開日 2021年2月26日

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「日本はまだまだ不自由な国なのだ」あのこは貴族 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0日本はまだまだ不自由な国なのだ

2021年3月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 女たちの群像劇である。21世紀に入っても未だに封建的な精神性が色濃く残るふたつの世界に住む若い女性たち。ひとつは名家、良家と言われる代々の大金持ちの女性たちで、もうひとつは地方都市の女性たちだ。前者を門脇麦が、後者を水原希子がそれぞれ演じる。
 門脇麦は達者な女優だ。彼女が演じた役の中では尾崎将也監督の「世界は今日から君のもの」で演じた主人公小沼真実の役が一番よかったと思う。流行やパラダイムから一歩引いた役柄で、台詞が極端に少なくて、台詞よりも表情や身体の動きで気持ちを表現していた。役者にとって台詞で役を表現するのは常に難しいことだが、それ以上に難しいのは台詞なしでその役を表現することである。
 本作品でも他の役者に比べると台詞は少ない方で、それだけに難しい演技が要求されたと思う。演じた主人公榛原華子という役の、如何にも良家のお嬢様といった立ち居振る舞いは、それ自体がかなりの訓練が必要だっただろうが、そういう立ち居振る舞いを自然に行ないつつも、自分を取り囲む封建的な精神性に対する違和感のようなものを抱いていて、しかしそれをなかなか言葉に出来ない華子という女性の気持ちがひしひしと伝わってきた。見事な演技である。
 一方、地方出身だが東京で暮らすことで地方の封建的な精神性から一歩離れることの出来た女性を演じた水原希子は、本作品では自然体で演じているようですっと感情移入できた。特に石橋静河演じるバイオリニスト相良逸子と対峙するシーンの表情は秀逸だったと思う。緊張と弛緩、警戒と安心、共感と思いやりといった感情が、短いシーンでころころ変わるのを上手に演じている。岨手由貴子監督は女性の表情を引き出すのが上手い。

 普通が一番大変だというのが前半のキーワードで、結婚相手はどんな人がいいのと聞かれた華子は普通の人と答える。それに対する姉の言葉が普通がいちばん大変なのよという言葉だ。その後は暫く、普通でない男たちが華子の相手候補として入れ代わり立ち代わり、テンポよく現れる。よくもこれほど普通でない男ばかりを描いたものだと笑った。
 後半は女の幸せとは何かということを、お金の話も含めた現実的な側面も踏まえて追求しようとする。そういう中で華子は知らなかった世界と出逢い、新しい価値観を得る。箱の中のお嬢様から一歩脱却するのだ。狭苦しい場所に閉じ込められていた精神を解放して自由に生きる。ずっと俯いていた華子がやっと顔を上げて世界を見渡す。その晴れ晴れとした表情は演技派女優としての門脇麦の面目躍如である。
 女性が精神的な自由を得るには女性自身も変わる必要があるという作品だが、描かれていた、女性を取り囲む封建的な精神性は、実際に2021年の現在でも存在し続けている。本作品ではそういう精神性が世襲の政治家たちとその政治家に投票する地方都市に存在していることを描くが、同じ精神性が、先日辞任した森喜朗や彼を守ろうとした二階をはじめとする政治家たちの精神性に色濃く現れていたことを思い出した。日本はまだまだ不自由な国なのだ。

耶馬英彦