劇場公開日 2019年7月26日

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よこがお : 映画評論・批評

2019年7月23日更新

2019年7月26日より角川シネマ有楽町、テアトル新宿ほかにてロードショー

大胆な構成、巧妙な演出で、ある女性の流転と変容を描く人間探求ミステリー

かつてポン・ジュノ監督に「母なる証明」で取材した際、興味深いコメントを得た。「ウォンビンの横顔のショットがやけに多いですね」という筆者の質問に、「当初はさほど意識しなかったが、途中から積極的に横顔を撮っていった。後でその理由がわかったよ。顔を半分だけ撮ることで、人間に隠された二面性を表現しようとしていたのだと」。深田晃司監督の新作は、まさしく同様のコンセプトを独自のユニークな切り口で全面展開させた一作だ。主演女優、筒井真理子の「美しい“よこがお”を撮ってみたい」という監督の欲望が、そのまま題名にもなり、人間という生き物の複雑さ、不可解さをサスペンスフルにあぶり出すヒューマン・ミステリーに結実した。

主人公、市子は献身的な働きぶりが評判の訪問看護師だが、この映画は序盤から何かが変だ。同じく筒井演じる偽りの名前の女性“リサ”が、狙いを定めた獲物にストーカーのごとく接近していくエピソードが平然と挿入されている。要するに、異なるふたつの時間軸のパートを並走させているのだが、この時点では主人公が“善良な看護師”と“素性不明の悪女”の二面性を示す理由がまったくわからない。やがて観る者はこの不条理劇のような混乱の先に、市子を襲う悪夢のような出来事、さらにリサへと変貌を遂げた彼女の行き着く果てを目撃することになる。

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脚本の構成からして大胆な本作は、ある日突然、いわれなき罪を着せられた主人公がメディアに追い回され、為す術もなく孤立していく様を生々しく描く。そうした理不尽な状況が実際に起こりうるリアリティーはもちろん、平穏な日常や身近な人間関係が根こそぎ崩壊する“もろさ”を、細部にこだわった巧みな演出で映像化。そして謎めいたストーリーの真相を解き明かす過程で、愛情と攻撃性という相反する側面が同居するもうひとりの女性キャラクターの存在を鮮烈に浮かび上がらせる。傍若無人なマスコミが鳴らすチャイムの音も怖いが、人間の内なる闇ははるかに深くて恐ろしい。

そんな愛憎煮えたぎる復讐ドラマのエモーションを低温に保ち、登場人物に過度に寄り添わない冷めた視点を貫いている点も深田流サスペンスの特色だ。ところが終盤、ある横断歩道のシーンでその視点が100%主人公の主観に切り替わる。感情的なクライマックスのひとつであるこの場面は、不意打ちのようにその瞬間に出くわした観客それぞれの“心”をも試すかのよう。そう、この濃密な人間探求映画には、決して他人事では済まされない迫真性が静かにみなぎっているのだ。

高橋諭治

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