劇場公開日 2019年6月28日

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「珠玉の名作」COLD WAR あの歌、2つの心 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5珠玉の名作

2019年7月8日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

 恋愛はいつの世も相手に対する性欲と相手を受け入れる寛容さと相手に受け入れられる充足感の相乗効果だが、それをストレートに表現するのは意外に難しい。エディット・ピアフのシャンソン「Hymne a l’amour」は恋愛の究極の形を表現した歌である。二人でいられるなら地球もいらない、自分の命さえいらないという鮮烈な歌詞だ。そして本作品のズーラとヴィクトルはまさにそれを地で行く。既存の価値観にとらわれない愛は、相手に嘘をつく必要がない。相手に男ができても女ができても結婚しても、そんなことは関係がない。世界の果てまで一緒にいるのだ。
 庶民ができない大胆で勇気のある生き方をする登場人物。まさに映画の醍醐味である。白黒の作品だから尚更そう感じるのかもしれないが、兎に角役者の演技が抜群に上手い。ズーラを演じたヨアンナ・クーリグは歌もうまいし、小柄で胸の大きな男好きのする体はこの作品にぴったりだ。対して長身痩躯のトマシュ・コットはクーリグの5歳上で実年齢的にもちょうどいいカップルである。このふたりはキスをしてもセックスをしても、ふたりでただ歩いているだけでも、何をしても絵になる。

 東西の冷戦はヨーロッパ、特に東側の諸国にとっては苛酷な生活を強いられる時代であったと思う。1980年にソ連からヨーロッパを旅行した人の話では、東側は貧しくてホテルの設備は酷いし、食べ物も全部不味かったそうだ。そして西ドイツに入ってビールを飲んでソーセージを食べたときには、はからずも資本主義バンザイと思ってしまったらしい。
 能力に応じて労働し、必要に応じて消費する共産主義の理念はいいが、権力者の腐敗によって再配分が機能していなかったのだ。1980年当時でもそうだったのだから、本作品の主人公たちが生きた1950年代は更に厳しかったと思われる。
 冷戦は経済的な格差の他に、文化的な格差も生んでいる。共産主義は日本の戦前の軍国主義と同じ全体主義のひとつで、国家の価値観によって国民の活動を束縛するものであるから、多様な価値観を許さない一元論になる。必然的に指導者の権威と権力が絶対的なものとされてしまい、あらゆる芸術は行く手を阻まれて花を咲かさない。勿論庶民の生活は限定され不自由になる。
 しかし主人公たちはそんなことを物ともせず、ただ愛だけを貫く。ふたりの愛が時間の経過にも少しも冷めないのは、どの別れも互いの意志ではなく、時代に引き裂かれた別れだったからだろう。引き離されるほど恋い焦がれるのだ。出会いと別れを繰り返すふたりはそのたびに愛が深くなっているように見えた。

 本作品で歌われる歌は、日本語の訳詞♫りんごの花綻び川面に霞立ち♫ではじまる「カチューシャ」以外は聞いたことがなかったが、どの歌もスラブ調の美しくも物悲しい歌だった。音楽家同士のラブストーリーに相応しく、当時の歌や演奏がそこかしこに鏤められていて、夢心地のような時間を過ごすことができた。珠玉の名作だと思う。

耶馬英彦