劇場公開日 2018年6月8日

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「美しいもの、素晴らしいもの、自分の好きなものを奏でていく」羊と鋼の森 近大さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5美しいもの、素晴らしいもの、自分の好きなものを奏でていく

2018年12月19日
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鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

単純

幸せ

こちらもコミック実写だが、今年公開されたその中では良作の一本。
ピアノの音色に魅せられ、調律師となった青年の物語。

ピアノは弾けないどころか、どの鍵盤がドの音か分からないぐらいだが、調律師が何をする人かくらいは知っている。時たま映画の登場人物の仕事が調律師であったりする。(最近だと、『家族はつらいよ』の妻夫木)
ほとんどが肩書き程度なので、こんなにも調律師をメインにした作品も珍しい。
知られざる調律師の世界は新鮮で、興味深い。そして、奥深い。
我々には異常無い音のように聴こえても、微かな音のズレも聴き逃さない。
それを調整。
丁寧に丹念に、高度なテクニックと作業が必要とされる。
それはまるで、芸術的でもある。
ピアノ奏者にとっても、言わば絶対的なパートナー。
奏者のどんなリクエストにも応える。
軽やかな音、力強い音、走るような音…素人には分からない音も見事に調整。
調律師居てこそ奏者はピアノを奏でられると言っても過言ではない。
時には、ピアノのお医者さんでもある。
調子が悪いピアノや古びたピアノを、元の美しい音を出すピアノに戻す。
ピアノ自体、メンテナンスと言うより、人間の身体のようにケアが必要。
堂々としていて、繊細。(親しい人でピアノをやる人が居るので、よくそんな話を聞く)
奏者以上に、ピアノの全てに寄り添う、ピアノの専門家。

主人公の青年・外村が調律師を目指すきっかけとなったのは、学生時代偶然、超一流の調律師の出すピアノの音に心を奪われたから。
その時の感性・イメージがユニーク。
彼が聴いたピアノの美しい音は、美しい森とシンクロ。
外村は北海道の自然の中で産まれ、育ち、それが彼にとっての美しいものなのだろう。
ピアノに携わる人たちの感性・イメージは、様々。
外村が担当を受け持つ事になった姉妹の姉。一時期スランプに陥るが、再びピアノを弾く。その際、溺れていた水中から浮かび上がろうとし、光に手を伸ばす。
皆、それぞれの気持ちや思いでピアノと向き合う。
つくづく、奥が深い。

話としてはオーソドックスな青年の成長物語。
憧れ、学び、挫折を経て、一人前として、人間として。
恩師や先輩の存在。
外村と関わりを持つ奏者たちの苦悩と、同じく成長。
知ってはいたけど改めて知る、美しいだけじゃない厳しい調律師/ピアノの世界。
ありきたりっちゃあありきたりだが、素人から見れば見易い。
コミック実写故、カットされたエピソードは目立つ。専門学校や孤独な元少年ピアニストのエピソードはもっと描かれてた筈。

山﨑賢人が主人公の青年を好演。
あまり山﨑や彼の出る映画は好かんが、本作はなかなか悪くなかった。本作と同じ橋本監督の『orange オレンジ』でも好感持ち、この監督と相性がいいのか、題材や役柄が良かったのか。
鈴木亮平、三浦友和らが好サポート。
性格もピアノの音色も対照的な姉妹を、上白石姉妹が演じているのも見所。

北海道の雄大な景色、緑豊かな森、ピアノが置かれてる部屋に差す陽光…。
劇中奏でられる数々のピアノの楽曲…。
これら映像や音楽が本当に美しく、癒され、心地よい。

心に残った台詞が幾つかあった。
外村が恩師に目指す音を問い、恩師はある詩人の言葉を引用する。
「明るく静かに澄んで懐かしい。
少しは甘えているようでありながら、厳しく深いものを湛えている。
夢のように美しいが、現実のように確か」

才能とは…?
自分の好きなものがとことん好きという気持ち。
絶対諦めない気持ち。
執念と言えるほどの。

ホールで弾くピアノと部屋で弾くピアノ。
どちらがいいなんて、比べられるものではない。
どちらも美しいものに変わりはない。

好きなもの、美しいもの、素晴らしいもの…。
こつこつ、こつこつ、それらを奏でていく。

近大