劇場公開日 2017年3月4日

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汚れたミルク あるセールスマンの告発 : 映画評論・批評

2017年2月28日更新

2017年3月4日より新宿シネマカリテにてロードショー

巨大企業の不正にあらがう。「ノー・マンズ・ランド」の監督があなたに渡す勇気のバトン

グローバル企業による粉ミルクの販売手法に問題があり、大勢の乳児が命を落としている。この現実を知ったあなたは、さて、どうする?

映画は、1990年代にパキスタンで起きた実話に基づく。努力家で家族思いのアヤンは、世界最大の食品・飲料メーカーの営業職として中途採用される。上司の指示通り、産婦人科の医師に金品を渡して粉ミルクを患者に処方してもらう戦略を実践。だが数年後、貧困層の親が不衛生な水で粉ミルクを溶かしているせいで多くの乳児が死亡していること、会社がその事実を黙認していたことを知って愕然とする。職を辞したアヤンは、会社に粉ミルクの販売中止を求め、さらにWHOへ通報。しかし、この告発により過酷な状況に追い込まれてしまう。

ダニス・タノビッチ監督はボスニア紛争を描いた「ノー・マンズ・ランド」で、国連防護軍の兵士役をして「殺りくに直面して傍観しているのは、加勢しているのと同じ」と言わしめた。粉ミルクのセールスマンの話を映画化しようと決意したのも、まさに同じ心境からだろう。本作には2013年にパキスタンの病院で撮影された栄養失調児の映像も含まれる。そう、これは過去に解決した事件ではなく、現在も続いている大問題なのだ。

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予算が限られがちな社会派映画で、弱く小さい者の声を効果的に伝えるため、さまざまなアプローチを模索するタノビッチ監督。ボスニア・ヘルツェゴビナに住むロマ民族の一家を描いた「鉄くず拾いの物語」では、劇映画に実際の当事者を出演させる斬新な手法が高く評価された。本作では、主人公の体験を再現するドラマに加え、映画の製作過程の一部も監督役やプロデューサー役などの俳優を登場させて再現。入れ子構造の採用で客観性を強調しつつ、巨大企業と戦う苦労も明かす。この製作過程パートで痛快なのは、実際の企業名を出した後で弁護士役に「社名を出すのはまずい」と言わせて、架空の社名に変更するくだり。つまり、配慮して社名を伏せる体で、ちゃっかり実名をさらしているのだ。「ノー・マンズ・ランド」の主人公のボスニア兵が着ていたTシャツの、ローリング・ストーンズのベロマークに象徴される反骨精神とユーモアが、ここにもしっかり継承されている。

本作は2014年に完成するも、いくつかの国際映画祭で上映されたのみで、劇場公開は日本が初となる。世界中の配給会社が尻込みするなか、タノビッチ監督の意気を買って配給を決めたビターズ・エンドに心から敬意を表したい。あるセールスマンから監督へ、さらに配給会社を通じて私たち観客へ、勇気のバトンは渡される。

高森郁哉

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