劇場公開日 2016年10月1日

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「イーサン=ホークが「オレ最近まじこのセンセーにハマってて!ちっと観...」シーモアさんと、大人のための人生入門 雨丘もびりさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0イーサン=ホークが「オレ最近まじこのセンセーにハマってて!ちっと観...

2024年1月31日
PCから投稿

イーサン=ホークが「オレ最近まじこのセンセーにハマってて!ちっと観て下さいよォ!(脚色)」と前のめりで紹介するのは、当時87歳のピアノ教師シーモア=バーンスタインさん。

「とても良くなったね。私より巧く弾くのは許しがたいよ(^^)」

私はピアノ弾けないけど、観て良かった。
知らない人のドキュメンタリーって大抵ハマらないんだけど、本作は特別、馴染んだ。

自分勝手で我儘な音楽家が見放されるようになった今、注目されるべきアーティスト像の一例。
音符ひとつずつ、丁寧に大切にキャラクタを付けて奏でてゆく姿勢が、名匠と呼ばれる映画監督たちに重なる。

「私はピアノを弾くとき、楽器の鳴り響きに耳をそば立てます。この感覚を会話に応用すると、ほんとうに相手が言いたいことは何か?探る姿勢を養えるのです」
映画観るのとおんなじだと思った。監督と疑似会話しながら、自分との落としどころ、ハマりどころを探るのが楽しいから。

「私はレッスンで、音楽ばかり重視しません。生徒をはげまし、彼らが自分の感情を引き出せるよう助けます。人生のあらゆる場面で必要だからです。」
感情的にさせる、ということではない。
感情で武装する"中の人"の気持ちを引き出し、見つめるということ。
多くの他人と接する上で、必要なセンス。
ベートーヴェンは自らの繊細さを隠すために力強い曲を書いた、と推理するシーモアさんに唸った。

「素顔の自分と演奏する自分とが一体化すると、一気に高みに到達する」
書いてる文章と自分の本心とが一致すると、晴れやかな気持ちになる。
取り繕ったり背伸びした言葉は、胃を悪くするだけだ。
過激な乱文で憂さ晴らしをするのとも違う。なんか、ガンバっちゃってる装飾だから。
自分のバランスを思い出すために、アウトプットが必要なんだ。ことばでも音でも。
私はまだ未熟なので、うっかり他人を傷つけてしまうけどな。

シーモアさんや生徒さんたちの発言がちりばめられ、観る時々でどれを拾えるか違うので楽しい。
初見時にガンガン響いた台詞を見失う時もあるw。
その時必要な言葉は、自然に耳に入ってくるからそれで良い。
聞く気の無いお説教が、何も残らないのと同じ。

収録された音もとても良い。
「音量が増幅する不思議なピアノ」の音とか、よく拾えたなぁ。
ありがとう!あそこ、とっても驚いた。

手と手をあわせる。いちばん簡単に、自分の内に平穏を見出す方法。
難しいのは楽器演奏。だから練習が必要。

しかし、何十年もソファベッドで寝ててよく身体痛くならないですね。
シーモアさん93歳、ご自愛くださいませ。

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音楽之友社『心で弾くピアノ―音楽による自己発見』
絶版なのが悔やまれるけどめっちゃ楽しい本。
「コンサート終演後、お客さんが演奏と関係ない話をしていても落ち込まないように」とか、とってもユーモラスで素敵なアドバイスを得られる。

雨丘もびり