劇場公開日 2016年4月8日

ルーム : 映画評論・批評

2016年3月22日更新

2016年4月8日よりTOHOシネマズ新宿、TOHOシネマズシャンテほかにてロードショー

ジャックの瑞々しさと観客の感覚が重なった瞬間、魂に触れる小さな奇跡を起こす

映画「ルーム」が描く、ブリー・ラーソン演じる若い母親ジョイと5歳の息子ジャックの物語は、設定だけを聞けば随分とエキセントリックに思えるかも知れない。

ある日突然誘拐され、7年間監禁され続けた悲劇の女性ジョイ。そして監禁部屋で生まれ、外の世界を知らないまま5歳になったジャック。そんな母子がついに解放されるのだが、目の前にあらわれた現実の世界は2人を困惑させてしまう……。

7年にわたる拉致監禁、誘拐犯との間に生まれた息子、命を懸けた脱出劇と世間からの好奇の目。数あるゴシップ的要素にも関わらず、「FRANK フランク 」のレニー・アブラハムソン監督は地に足を付けた演出で奇妙な環境で普通に生きようとする葛藤を等身大に描き出す。

狭い監禁部屋から出たことがないジャックは、テレビを通じてだけ外の世界を覗いてきた。しかし息子に〈閉じ込められている〉と感じて欲しくないジョイは、部屋の中が〈本物=現実〉で、画面の中の出来事は〈偽物=フィクション〉だと教え込む。2人がいる部屋の外には空っぽの宇宙しかなく、出ると死んでしまうとウソをつくのだ。

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ところが監禁部屋からの脱出によって母子の世界は一変する。実は部屋の外には無限ともいえるリアルが広がっていて、ジャックは培ってきた認識やアイデンティティをすべてリセットしなくてはならなくなる。

一方、ジョイが帰還を切望した外の世界は、一度解き放たれると皮肉にも精神的牢獄になってしまう。2人だけで完結していた監禁部屋にいる限り、社会という膨大な関係性の集積から無縁でいられたからだ。失われた7年の重みと他者の存在が次第にジョイを追い詰めていく……。

結果としてジョイもジャックも生きるべき世界をゼロから発見し直さなくてはならない。痛みも喜びも伴うが、未知の物への期待感と新鮮な刺激は一歩ずつでも前に進むことを後押してくれる。

実はこの物語、驚くほどにわれわれが「映画を観る」感覚と似てはいないか。われわれは映画のスクリーンと向き合い、未知の世界を探索することで世界観を押し広げ、時に内面を見つめ直し、やがて自分自身の物語を見出す。その〈発見〉こそが映画を観る大きな悦びだとは言えないだろうか?

幼いジャックはさまざまな障壁にぶつかりながらも、常に世界を五感で感じ、吸収することをやめない。その瑞々しさと観客の感覚とがピッタリ重なった瞬間、魂に触れる小さな奇跡を起こす。「ルーム」とはそんな映画だと思っている。

村山章

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