劇場公開日 2016年3月5日

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「生きてゆく上での元気をもらうことができた。」ロブスター 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0生きてゆく上での元気をもらうことができた。

2024年3月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

なぜ、このような一見、不条理な映画を観て元気をもらうことができたのだろう。根底には孤独な魂がある。
ヨルゴス・ランティモス監督の出身地であるギリシャは、確かに空も海も青く澄み渡っているが、乾燥していて土地も狭く、経済的には恵まれない人も多い。何より、ギリシャ悲劇を背景として、不条理劇を多く産んできた。このギリシャ・ローマを源流とするヨーロッパ社会は、個人こそが生存の単位であり、それぞれが孤独な魂を養いかねていることが出発点。
この映画では、少子高齢化が進み、伴侶と家庭を持ち子孫を残すことが義務付けられている近未来が背景(第一の社会)。妻に逃げられたデビッド(コリン・ファレル)は、近未来社会のルールにより郊外のホテル(第二の社会)に送られ、45日以内に新たなパートナーを探すことになる。様々な制約がある中で努力するものの、なかなか上手くゆかない。期限を過ぎたら、自分で指定できるとはいえ希望する動物に姿を変えられてしまう。そこで、独身者たちが隠れ住む森の中へと逃げ込む。そこには強い女性のリーダー(レア・セドゥ)がおり、恋愛禁止のルールが聳えていた(第3の社会)。信じがたいことには、ホテルの住民は週に一回、森の独身者たちを麻酔銃で襲撃することができ、首尾良く捕らえることができたら、一人につき1日ホテルでの滞在日数が増える。そんな中で、デビッドは森の中で理想の女性(近眼の女:レイチェル・ワイズ)に巡り合う。
この映画のどんなところに惹かれたのだろう。近眼の女は、デビッドと恋に落ちた罰として失明を余儀なくされるが、あの谷崎潤一郎の名作を思わせるシークエンスが出てくる。この映画で、最も清冽な場面。
もう一つは、何と言っても使われている音楽。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番第4楽章の断続音は、不条理な場面が出てくるたびに繰り返され、心に突き刺さる。あのドアを強烈に叩くような三つの音の繰り返しが、孤独な心を呼び覚まし、困難と立ち向かえと励ましてくれたのだろう。一方、ところどころで聞かれるギリシャの素朴な歌は心を癒してくれる。特に久しぶりに聞いた、1957年ソフィア・ローレンの出た「島の女」で使われた歌。懐かしい。このような歌がでてくるところは、最近復活して、フィンランドのロックンロールや日本の歌を聞かせてくれるアキ・カウリスマキの映画を思わせる。
この映画を観て、不条理が孤独な魂に力をあたえてくれることが初めてわかって、我ながら驚いた。

詠み人知らず