劇場公開日 2013年2月2日

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さまよう獣 : インタビュー

2013年1月29日更新
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内田伸輝監督&山崎真実、「さまよう獣」で飛び込んだ新境地

長編劇映画第2作「ふゆの獣」(2010)で、第11回東京フィルメックス最優秀作品賞を受賞した俊英・内田伸輝監督。初の商業作品となる「さまよう獣」は、女優の山崎真実を主演に迎え、恋愛依存から脱却しようともがく女性の姿をとらえた。作品を完成させた今、ともに“挑戦”が多かったという内田監督と山崎は、何を思うのだろうか。(取材・文・写真/編集部)

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ある事件をきっかけに都会を飛び出し、田舎へ向かうバスに揺られるキヨミ。偶然出会った老女の家に居候することになる。一方、村の男たちは、突然現れた若い女の存在に色めき立ち、波紋が広がっていく。

山崎は「ペルソナ」(07)、「シーサイドモーテル」(10)などで演じた奇抜なイメージを一新し、等身大の女性キヨミを演じた。これまでにない役どころは、挑戦であり大きな魅力でもあったという。「流れている空気がすごくゆったりとしたイメージだけれど、内容はすごくハード。普通の女の子が一歩踏み出そうと試行錯誤していくお話なので、主人公が成長する過程を全体で演じなければいけない。今まで明るい役が多かったので、興味を感じました」と脚本にひきつけられた。

キヨミは、相手に合わせて自分を変える世渡り上手な現代人。同時に、そんな自分を変えたいという葛藤(かっとう)を抱えた難解な役どころだ。内田監督が真面目だという言う通り、山崎は個性的な共演陣のなかで、“普通の女の子”というキャラクターに真正面からぶつかった。「『お芝居はお芝居、自分は自分』だと思っていたので、お芝居するときに役の性格に似るということはあまりなかったんですね。でも、キヨミという役は葛藤が多い役だったので、最初から最後まで気を抜く場所がなかったんです。大事にしながらやらないと役がつかめないという思いがあったので、考えてそうしたわけではないけれど、みなさんとは少し距離を置いて撮影していた気がします。考えすぎちゃうと固まっちゃうタイプなので、あまり考え過ぎずにそのときの気持ちでやりたい」と自らを預けた。

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しかし、“普通の女の子”だからこそ演じる上で難しい点も多く、「感情の起伏が激しい役だったので、どういうお芝居をしたのか覚えておかないと、次にどういう気持ちでやればいいかわかんなくなっちゃう」と試行錯誤だった。キヨミの成長を見る上で重要となるシーンでは「絶対泣いちゃいけないのに、どうしてもその気持ちになっちゃって涙が止まらなかった」と一苦労。真しに役と向き合う山崎を見守った内田監督も、「感情的にグワッと出しつつも押さえて演じなければいけなかったんですが、感情がうわって入るとやっぱり涙が出ちゃうので、すごくいい涙なのにNGになっちゃったり」といたわった。

内田監督は、これまでの即興性を重視したドキュメンタリータッチの演出から、カメラアングル、セリフまで物語性が色濃く出た作品づくりに挑んだ。「今までは手持ちカメラでの即興撮影がほとんどだったんですけど、今回はあえてそういうものを取っ払っいました。映像はフィックスで、(セリフも)基本的には台本通りに進めていこうと決めていました。フィックスで撮るってすごく楽しい(笑)。アングルをひとつひとつ決めていって、丁重に映画を紡いでいく感覚がありました」。内田監督の試みは、田舎の匂いが立ち込める空気を見事に閉じ込めた。

劇中では、固定された映像で静かな食事シーンが切り取られていく。内田監督は、「食べなきゃ生きていけない」と生と直結した食事に着目し、今作でもこだわり抜いた。物語が新たな展開を見せるラストシーンは「どんどん集中してクライマックスに持っていくので、マサルとキヨミのふたりだけの食事のシーンは、1番やりたかったことなんです。マサルが言った『食べなきゃいきてけないから』という言葉は、僕自身の生きる上での言葉でもあるし、それを受けて食べる気がしなかったキヨミが食べるっていう行為に僕はすべてを持っていきました」と渾身のエネルギーを込めた。

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内田監督はドキュメンタリー映画「えてがみ」(02)で長編デビュー、その後、初の長編劇映画「かざあな」(07)、「ふゆの獣」などの自主映画で、「些細な日常のなかにうごめく人間関係」を見つめてきた。そして、11年3月11日に発生した東日本大震災を機に、内田監督のなかで“日常”が持つ意味が変化し、その重要性にフォーカスするようになった。「(震災後)引っかかって心に残っていたものがありました。今まで映画のなかでの日常は、退屈の象徴みたいなものだったんですが、震災以降は大切なものになっていくと感じていて、大切な日常を映画のなかで見せていこうと思いました」と心のなかでくすぶっていた思いを作品にぶつけた。

さらに日常というテーマに加え、恋愛という大きな軸を置いている。「世の中にあるドラマや映画の恋愛ってスマートなものが多いけれど、実生活の恋愛はもっと恥ずかしいし、ある意味格好悪いものだと思うんです。夢中になってしまって恥ずかしげもなく自分を出してしまうけれど、はたから見ると可愛らしかったり、滑稽(こっけい)だったりする。人間くさい部分が最も表立って出るところだと思っていて、僕はそういうところに恋愛の魅力を感じるんです。生活と恋愛は同一線上にあると思うんです」。内田監督作品でキーワードとなる“獣”という言葉は、恋愛に振り回される人間そのものだ。恋愛依存の真っただ中にいる女性を描いた「ふゆの獣」は、冬眠する動物をしり目に冬でも恋愛しようとする人間である。今作は、恋愛依存から抜け出そうと葛藤(かっとう)する女性に焦点を当て、同じく恋愛にとらわれさまざまな場所をさまよう人間を映し出している。

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内田監督は、震災以降の映画と向き合う姿勢についても語ってくれた。「変えたくないと思いつつも、やっぱりどこかで意識してしまうんです。震災以降は、話にプラスして3・11以降の人々を描いていきたいという気持ちがあって、今後つくる映画でもあると思います。戻れないじゃないですか、震災以前には。その体験を経て次に自分たちが何をするのかということは、僕のなかでの今のテーマ。時がくれば楽しい映画をつくりたいと思うことがあるかもしれないけれど、楽しさのなかにも何かを体験した人たちがいる映画をつくっていきたい」と明かす。

内田監督、山崎にとって新たな出発点となった「さまよう獣」。自身にとってどのような作品になったのだろうか。

「ターニングポイントとまではいかないけれど、あらゆる面でとても勉強になった作品。それこそ企画段階から完成まで勉強になったので、見る度にこの作品から学べるものがあって、この作品を経て次はどうしようかというこの作品以降の課題が大きくなってくるんじゃないかな」(内田監督)

「恋愛をテーマにした役や作品がはじめてだったので、私に恋愛のイメージがない方が多いんです。だから、役はもちろんそういうイメージとして、恋愛しているように見えるものは自分のなかで挑戦。最後のシーンでの露出も含めて、大人の女性を演じるのがはじめてだったので、どう感じてもらえるかという不安もあるんですけど、一歩前進する女性の話だったのでこの作品で前進できたのではないかなと思います」(山崎)

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