劇場公開日 2012年11月3日

  • 予告編を見る

トールマン : インタビュー

2012年10月31日更新
画像1

「マーターズ」パスカル・ロジェ監督、新作ホラーで挑む定型化した映画の壁

フレンチホラーの新鋭パスカル・ロジェ監督は、痛みの先にある究極の自由を追求した「マーターズ」で、鬼気迫る映像と異色のテーマで物議をかもし、注目を浴びた。脚本も兼ねた最新作「トールマン」では、寂れた田舎町で発生する幼児誘拐事件に隠された驚くべき真実を描く。今作のプロモーションのため来日したロジェ監督に、映画にかける思いを聞いた。(取材・文・写真/編集部)

画像2

鉱山の閉鎖に伴い、活気を失った炭鉱の町コールド・ロックでは、“トールマン”と呼ばれる者によって次々と子どもが誘拐されていた。ある夜、看護師ジェニーのもとにも魔の手が伸び、目の前で子どもがさらわれてしまう。

迷子探しや行方不明者のポスターに感じるものがあったというロジェ監督は、「アメリカで起こった実際の数字として、1000人の子どもたちが跡形もなく消えているという事実を知った」ことから今作の製作に乗り出した。「ケネディ大統領暗殺、マリリン・モンローの死を扱うことと似ていて、大勢の子どもがいなくなったという事実からいろいろな疑問がわき起こる。子どもがいなくなる原因としてさまざまな選択肢があったけれど、内なる自分の声を聞いたとき、社会的な意味を持たせたほうがいいと感じたんだ。今作は貧困社会を描くことで、現代社会の抱える格差問題やコメントを盛り込みたいと思った」と熱を込める。

画像3

しかし前作同様、今作でもはっきりとしたメッセージを提示していない。ロジェ監督は「観客に疑問を投げかけたい」という思いが強く、ストーリーが終わりを迎えても善悪の結論を出さなかった。「メッセージが込められた映画は、押し付けられているようで好きではない。だからこそ私の映画は、アメリカ映画とテイストが違うのかも。白黒つけるのではなく、物ごとに存在するグレイゾーンにクローズアップしていったんだ」。一方で、「多面的であること」「答えを決めない」という要素を教えてくれたのは、「タクシードライバー」(マーティン・スコセッシ監督)など黄金時代のアメリカ映画だという。かつての映画と比較して「欧米諸国の知的レベルが退行している」と鋭く指摘し、「(『トールマン』は)前半部分はスリラー映画にありがちな、いわゆるアメリカがつくってきたパターンを利用しながら、違うところに物語を持っていくことで、批判の意味を込めたんだよ」と明かす。

今作は、主演に「テキサス・チェーンソー」(2003)、「トータル・リコール」(12)のジェシカ・ビールを迎え、王道サスペンスを踏襲した導入部分など、観客への訴求方法はエンタテインメント色が強いが、後半から物語の軸が大きく変わる。「ホラーやスリラーなどジャンル映画は、お約束ごとが決まってしまっていて新鮮さを保ちにくい。お決まりの形ではじまってもいいけれど、着地点は別に設けないとレシピ化された映画になってしまう。決まったパターンは、飛び越えなければ壁なんだ」と持論を展開する。

ロジェ監督は、前作でも印象的だった物語の2重構造を「前半の第1部は見えている表の部分で、後半第2部は隠れている部分なんだ」と説明。そして「典型的なストーリーをひっくり返していく過程は、つくっていてとても楽しいね。もうひとつ、アメリカが支配する世界でつくられる作品は、ストーリーが非常に弱い気がする。アメリカ的でない手法が少ない今こそ、そこから抜け出た場所で物語を語ることが必要だと思うんだ」と作品づくりへの強い姿勢を語る。

画像4

幼少期からホラー映画の魅力にとりつかれたロジェ監督は「説明はできないけれど、本能的に(ホラー映画を)選んだ。あらゆる国の作品を見ていくうちに、ホラーというジャンルは深くて洗練されたことを表現できることがわかったんだ」と話す。多くの監督と同じく、ダリオ・アルジェント監督の「サスペリア PART2」(76)は「とにかく斬新で、アバンギャルドだった。60年代にエルビス・プレスリーのロックを耳にした人と同じ驚きだったんじゃないかな。思春期の私がダリオ・アルジェントに向けていた眼差(まなざ)しは、当時の子どもたちがミック・ジャガーに向けていたものと似ていたと思うよ(笑)」と強烈な影響を与えた。

ハリウッド大作が映画のメインストリームを独占するなか、ロジェ監督が思う理想のエンタテインメント像とはなにか。スタンリー・キューブリック監督の名作「2001年宇宙の旅」(68)を例に挙げながら、語ってくれた。「今、この作品を見ると展開は遅いし、大きな謎を残したまま終わってしまう。20年経った今でも、何を言いたかったのかわからないくらいだしね(笑)。それでも、世界的に大ヒットした映画なんだ。あの形が理想かな。昔のエンタテインメントは非常に考えさせられるもので、インテリジェンスと融合していた。でも今の時代、このふたつの分野が分離して考えられているよね。どうしてこうなってしまったのか、僕自身も考えているよ。ただひとつ言えるのは、アメリカにも優秀なライバル国がいた過去には、理想の映画がたくさんあった。切磋琢磨する相手がいなくなってしまっては、芸術性やエンタテインメントのレベルはあがらないということだね」

関連DVD・ブルーレイ情報をもっと見る
「トールマン」の作品トップへ