ティファニーで朝食を

ALLTIME BEST

劇場公開日:

解説

トルーマン・カポーティの同名小説をオードリー・ヘプバーン主演で映画化した不朽の名作ラブストーリー。ニューヨークのアパートで猫と暮らしている娼婦ホリーは、宝石店ティファニーの前で朝食のパンを食べるのが大好き。ある日、彼女のアパートに作家志望の青年ポールが引っ越してくる。自由奔放で不思議な魅力を持つホリーに次第にひかれていくポール。ところが、テキサスからホリーの夫が彼女を連れ戻しにやって来て……。2013年、特別上映企画「スクリーン・ビューティーズ Vol.1 オードリー・ヘプバーン」にてデジタルリマスター版上映。

1961年製作/114分/G/アメリカ
原題:Breakfast at Tiffany's
配給:マーメイドフィルム
劇場公開日:2013年9月28日

その他の公開日:1961年11月4日(日本初公開)

原則として東京で一週間以上の上映が行われた場合に掲載しています。
※映画祭での上映や一部の特集、上映・特別上映、配給会社が主体ではない上映企画等で公開されたものなど掲載されない場合もあります。

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第34回 アカデミー賞(1962年)

受賞

作曲賞(ドラマ/コメディ) ヘンリー・マンシーニ
主題歌賞

ノミネート

女優賞 オードリー・ヘプバーン
脚色賞 ジョージ・アクセルロッド
美術賞(カラー)  

第19回 ゴールデングローブ賞(1962年)

ノミネート

作品賞(コメディ)  
最優秀主演女優賞(コメディ/ミュージカル) オードリー・ヘプバーン
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映画レビュー

4.0オードリー絶頂期の流れるような動きに注目!

2020年4月26日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

1960年代、まだニューヨークに拠点を置く宝石店に過ぎなかった"ティファニー"が、この映画によって世界的なジュエラーへとステップアップしていった。高級で粋なイメージを形作ったのは、もちろん主演のオードリー・ヘプバーンだ。撮影当時31歳のオードリーは人気、実力共に最高潮で、特に、ジョージ・ペパード扮する無名の作家、ポールに叩き起こされて、その日がシンシン刑務所を訪問して意味不明の天気予報を伝えるだけでお駄賃がもらえる木曜日と知って、急いで歯を磨き、メイクを施し、着替えて靴を履き、大きなハットを被って玄関まで降りていき、郵便受けに入れてあるコロンを耳元に吹きかけ、エイローキャブに乗って行先のグランドセントラル駅を告げるまでの約15分間は秀逸だ。その間、何度もリテイクしているはずなのに、オードリーの演技と動きがあまりにもスムーズだから、分かっていても繋ぎ目を感じさせないのだ。根無草のコールガール役はそもそもオードリーの個性と真逆だが、"ティファニー"のハイジュエリーや、ジバンシーがカスタマイズしたブラックドレスにも助けられ、カポーティの原作とは異なるエンディングへと突っ走る物語は、結果的に他のどの作品よりもオードリー的。60年代ニューヨークのかなり下世話なパーティシーンも見ものだ。

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清藤秀人

4.0ザ妖精

2024年4月27日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

オードリーは好きだけど、そしてこれは代表作だけど、今回初見。
ん?ティファニーって食べるとこ併設されてた?
しかも朝からやってるの?なんて思って観てみたら。
あらら、こんなお話。

昔のお話ですからこんなのもありかな〜と私は思いました。ちょっといっちゃってる系の女の子?ホントは10代で卒業して欲しい。(笑)
でも14で結婚しちゃったらこうなっちゃうかも?
虹の向こうに何かがある。と信じてる。

オードリーだからこんな破天荒なキャラも清潔感を保って成立したような気がする。本当に素晴らしく綺麗。

みなさん、気にされてる出っ歯さん。
あれはおそ松くんのイヤミにしか見えなかった。

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femme fatal

4.0化粧室の50ドル

2024年4月26日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

単純

幸せ

萌える

「バカな娘とお思いでしょう」

午前十時の映画祭14異例の夜間上映に参加。
もう今更言うまでもない、オードリー・ヘップバーンの代表作のひとつ。トルーマン・カポーティの短編小説をブレイク・エドワーズ監督が映像化した。
だが、本作がカポーティの本意だったかはよく分からない。原作を読んだわけではないが、カポーティにしては甘ったるい感じが漂うし、本来ならばホリーはマリリン・モンローが相応しいのだろう。試写を観たカポーティがひっくり返ったという噂を真とするならば、大分原作蹂躙されたことは想像に難くない。
そういった経緯もあり、僕は本作をオードリーのNo.1の作品には持ってきたくない。だが、ビジュアル面ではあらゆるオードリーの中で最も好きだ。盛り上がった髪、小さな顔を埋め尽くさんばかりの大きなサングラス、そして煙草…ジバンシィが素材本来の味を最大限に引き立たせるものだから、やることなすこと全て無茶苦茶なのにホリーのことを何故か憎めない。むしろたまらなく愛おしい。ここにヘンリー・マンシーニのスコアが加われば、オードリー、ジバンシィ、マンシーニのトリニティが完成しここまでのありとあらゆるマイナスが全て帳消しになる。
もはや古典の域に達しつつある本作。しかしながら、劇中のティファニー本店の店員の言葉を借りるならば、「目まぐるしい中でどこかホッとした思いがする」のが本作の魅力だ。
私事だが、8年前にニューヨーク五番街のティファニー本店に行く機会に恵まれた。開店前に飲み物を飲みながらウインドウショッピングをし、開店してから店内で香水を買ったのは幸福な思い出だ。店内を歩きながら、傍には"My Huckleberry Friend"ホリー・ゴライトリーの気配を感じていた。

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ストレンジラヴ

2.5原作の繊細さがほぼ表現できなかった失敗作。オードリーもあまり美しく撮れていない(ムービーでは)

2024年4月26日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

ホリー・ゴライトリーとはどういう人物なのか。原作を読む限りでは3つの特徴がある。
1つ目は、偽善や、形式張った取り澄まし、「まやかし」を見抜く鋭い嗅覚を持っていること。
2つ目は、「まやかし」を糾弾しながらもある程度は受け入れる優しさがあること。
「男たちとセックスをして、金を搾り取っておいて、好きになろうと思おうともしないなんて道にはずれた話よ」(原作で私が一番好きなホリーのセリフ。映画には出てこない)
3つ目は、「旅行者」であること。これは彼女のメンタルを時々支配する「いやったらしい赤」(おそらくは後悔や不安といったネガティブな念を言っているんだと思うが)から逃れるため一箇所にとどまらないということもあるが新しい土地や新しく知り合う人達への純粋な憧れや興味があるからだと思う。
よく似ている人物がいる。サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の主人公ホールデン・コールフィールド。ずっと後世の言葉で言うと「アダルトチルドレン」ということになるのか。処世術の上手くない純粋な心持ちの人達なのである。
サリンジャーとの符合は原作が世に出た当時から言われていたようで、映画でジョージ・ペパードが演じる作家ポールの短編集は「9 lives」という。サリンジャーの「9 stories」を踏まえていることは明らかでなんとも無神経。カポーティはさぞ腹がたっただろう。
ホリーと、気の弱い駆け出し作家が心を通わせる繊細な物語なのである。原作では作家の名前は出ない。ホリーは兄の名前であるフレッドと呼ぶ。名前が出ないのは視点者としての匿名性とまだ何ものにもなっていない若さを表現するためだろう。映画化にあたっては主要登場人物に名前がないとと単純に考えたのだろうが(猫はまあ良いとして)こういうところが浅はかなのである。
映画は原作の繊細なイメージをほぼ表現できていない。いくつか指摘すると、まずは作家の人物造形。この作家は原作者カポーティそのものであって小柄で内気な人物であるはず。ところが演じたのはジョージ・ペパードでマッチョなハンサム。全くミスキャストである上にセリフが特に原作とはかけ離れて脚色されている。例えば「身体を売っている」とダイレクトにホリーを非難するところ、そして最後のプロポーズで「あなたは自分のものだ」とか「自分の殻を破れ」とか言ってしまうところ。原作におけるホリーと作家の関係性ではあり得ないセリフであり当時の一般的な価値観からいってやむを得なかったのかもしれないが原作を捻じ曲げる脚色であると言わざるを得ない。
そしてオードリー・ヘプバーン。世間では彼女は神聖化されているので、ホリーを社会的に逸脱しているとか支離滅裂であるとか非難してオードリーが演ずる役としてふさわしくなかったと論ずる向きがある。
ホリーは前述の通り魅力的な人物であり、その性格なり価値観は、原作では相当に長い彼女自身のセリフで説明されている。映画はその十分の一の量のセリフしかないのでオードリーがホリーの魅力を再現することは難しかったと思われる。セリフが少ないのはそれだけセリフを覚える技量や時間がなかったのか、あるいは仮に覚えたとしても身についた言葉として表現する演技力がなかったかのいずれかだと思う。(余談だがこの映画は企画段階ではパトリシア・ニール主演で準備されていたのではないか。でないと原作にはない特に必要ない役で彼女が出演している理由がない)
不思議なもので脚本や演技が駄目だとヴィジュアルも駄目になる。この映画でのオードリーはあまり美しく感じない(他の作品と比較してという意味だが)
アートディレクションが優れているのは冒頭のティファニー前でパンを食べるシーンと、宣伝用のスチール写真。この2つは映画の出来にかかわらず美しい。特にキセルを持って正面を見ているオードリーのアップ写真は古典となった。
以前からこのスチールを撮ったフォトグラファーが誰なのか気になっていて今回もクレジットをよくよく見ていたのだが表示されていない。ムービーのフランツ・プラナーはモノクロ時代からの名手ではあるがこのようなファッショナブルなスチールは撮れなかったはずだ。ご存知の方がおられたらご教示ください。

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あんちゃん
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