劇場公開日 1961年1月15日

「美しすぎる宗教的寓話、かと思いきや…」名もなく貧しく美しく 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0美しすぎる宗教的寓話、かと思いきや…

2022年6月25日
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聾唖と貧困の二重苦に喘ぎながらもなんとか人並みの生活を送ろうとする家族。そこへ次から次へと受難が降りかかる。戦争、第一子の死、職場の焼失、弟の暴虐、そして妻の死。まさにアブラハム宗教的な「受難」としか形容できない不条理が家族のささやかな生活を意味もなく脅かす。

それでもこの家族は悪の道へと堕落したり自分一人だけの世界に自閉したりせず、神が与え給うた運命の中で再生の道を探り続ける。

苦しい生活から逃れようと電車に飛び乗った妻を夫がガラス越しに説得するシーンはこの上なく美しい。それまで夫婦の欠如性を責めるかのように忙しなく鳴り響いていた街のノイズがすべて止み、その真空の間を二人の手話が豊かに交通する。この瞬間、二人はほんの少しではあるけれど、健常者たちの構築した「世界」から自分自身を取り戻すことができたのだ。

しかしとにかく物語全体が潔白なる信仰意識に包まれており、黒澤や小津や川島や成瀬の筆致に慣れ親しんだ身からすると、いまいち「邦画」を見ているという感じがしなかった。清濁併呑のリアリズムを活写しているというよりは、汚濁こそが清いのだという宗教的寓話だったな〜という印象。これを見る直前に岡本喜八を見ていたから、というものあると思うけど…

かと思いきや、最後の最後で息子が聾唖の両親について「聾唖でなかったらもっとよかった」と感慨を述べるシーンが挿入される。確かに今も幸せではあるけれど、二人の耳が聞こえていたらもっと幸せだっただろうな、と彼は言ってみせるのだ。信仰が盲信へと変転しかけたまさにその直前のタイミングでこういうセリフを入れるのはかなり巧い。清廉潔白すぎるがゆえに現実から遊離していた物語に、この一言が確かな回路を切り開いたといえる。

全体を通してショットが非常に凝っていた。動物園の檻の格子越しに二人の聾唖を映し出すことで二人の心の距離の遠近を表現したり、登場人物の移動に合わせてカメラを右へ左へと忙しなく水平移動させたり、視覚に強く刻み込まれる名ショットが多かった。

因果