コラム:芝山幹郎  娯楽映画 ロスト&ファウンド - 第6回

2015年1月26日更新

芝山幹郎 娯楽映画 ロスト&ファウンド

第6回:「ビッグ・アイズ」といかがわしい男

悪徳の栄えは楽しい

まわり道をしてしまったが、これは「ビッグ・アイズ」の脚本家チームの体質と嗜好を知ってもらいたかったからだ。彼らが描いた「いかがわしい人たち」は50年代から70年代にかけて、悪の華の毒々しさや徒花の楽しさをたっぷりと見せてくれた。では、ウォルターとマーガレットのキーン夫妻の場合は、どうだったのだろう。

いうまでもないが、キーン夫妻は実在の人物だ。ウォルターは1915年に生まれ、2000年に死んだ。1927年生まれのマーガレットはいまも健在だ。ふたりは53年に出会い、55年に結婚し、64年に別居し、65年に離婚した。この程度のことは、映画を見る前に明かしておいてもべつにかまわないだろう。

映画は、マーガレット(エイミー・アダムス)が娘を連れて、前夫の家を飛び出す場面からはじまる。行く先はサンフランシスコのノースビーチだ。色彩感覚は最初から素晴らしい。衣裳、車、建物、小道具、どれもが眼を奪い、観客を映画のなかに引きずり込む。このあたりはバートンの真骨頂だ。

「ビッグ・アイズ」
「ビッグ・アイズ」

やがてマーガレットはウォルター(クリストフ・ワルツ)に出会う。彼女は遊歩道で眼の異様に大きな似顔絵を売り、彼は風景画を売っている。描かれているのはパリの裏町。「ぼくの最良の日々だった」とウォルターがつぶやくと、マーガレットの眼がうるむ。おや、話がうますぎないか。

いや、これでよいのだ。マーガレットは肖像画を描き、ウォルターは不動産ビジネスに たずさわりながら風景画を……。

映画では紹介されないが、ウォルターはネブラスカ州の出身だ。40年代にバーバラ・インガムと結婚してカリフォルニアで不動産取引に成功し、40年代にはジョシュア・モーガン(「市民ケーン」に出てくるあのハースト城の設計者)がデザインした舞踊室付きの豪邸に住んだ。おもちゃの商売でも成功し、48年にはパリで暮らしたこともある。その後、バーバラは大学教師となり、ウォルターは会社をたたんで画家を目指したようだ。ふたりは52年に離婚した。

そんなわけで、ウォルターは38歳の年にマーガレットと出会った。マーガレットは26歳。どちらも離婚経験者。

このあたりの仕込みが、実はじわじわと効いてくる。アレクサンダー&カラゼウスキーのコンビは《いかがわしい人たちが好き》、と最初に書いたことを思い出していただきたい。人名辞典を引くと、マーガレット・キーンは画家と書かれているが、ウォルター・キーンの項目には「剽窃者」という言葉が踊っている。ここはキモだ。

「ビッグ・アイズ」
「ビッグ・アイズ」

ウォルターは、なにを剽窃したのか。その成り行きはどのようなものだったのか。夫婦の間には、一体なにがあったのか。

これらすべては、映画を見るとはっきりわかる。バートンも、無意識の闇と戯れる日ごろの作法や強烈な美意識をやや退かせ、起承転結の明快な語りを心がけている。その結果、話の先はわりと早く見える。歴史的事実を知っていようがいまいが。

新聞やウェブの記事を読むと、バートンは以前からマーガレット・キーンの絵が大好きだったようだ。そんな彼女の絵と人生に対して、彼は心のこもったギフトを贈りたかったにちがいない。その印は、映画のあちこちに刻まれている。

が、その一方で、私の眼はどうしても「いかがわしいウォルター」のほうを向いてしまう。アレクサンダー&カラゼウスキーの筆も、ウォルターを描くとき(とくに前半部)に一段と冴える。剽窃者、詐欺師、口先男といった蔑称を盛大に投げつけられただけあって、ウォルターのいかがわしさは相当のものだ。

ここは見せる。ワルツも数カ国語に堪能な利点を生かし、ぬけぬけと立ち回ってまんまと成果を得る。嘘つきで、図々しくて、抜け目がなくて、商才にあふれた中年男。脚本家も、そのプロセスを明らかに楽しんでいる。そりゃそうでしょう、はたから見ているかぎり、悪徳の栄えがつまらないわけはないのだから。

そんな展開があるだけに、攻守一転してからのウォルターの描写はやはり食い足りない。ワルツの芝居がしだいに野放しになり、オーバーアクトが目立つようになるのも、実は構造的な欠陥だろう。事実をベースとしているだけに大幅な改変は不可能だったろうが、映画の終盤はもう少しスパイスを効かせてもよかったのではないか。惜しい、というほかないが、この脚本家チームには、さらに「いかがわしい人たち」を発掘してもらいたいものだ。美女と悪党が映画の華であることは、昔もいまも変わりがない。

【これも一緒に見よう】

■「エド・ウッド
1994年/アメリカ映画
監督:ティム・バートン

■「ラリー・フリント
1996年/アメリカ映画
監督:ミロス・フォアマン

■「マン・オン・ザ・ムーン
1999年/フランス映画
監督:ミロス・フォアマン

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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