石井宏樹 : ウィキペディア(Wikipedia)

石井 宏樹(いしい ひろき、1979年1月16日 - )は、日本の男性キックボクサー。東京都目黒区出身。新日本キックボクシング協会ライト級王者。7連続KO、8度の王座防衛を果たし、日本人4人目のラジャダムナン・スタジアム王座(スーパーライト級)を獲得。ラジャダムナン・スタジアム並びにルンピニー・スタジアムの王者となった5人の外国人選手で初めて防衛戦に勝利した。

入場曲は、SPENTE LE STELLE(スペンテ・レ・ステッレ)。

来歴

中学時代は太っておりダイエットのため高校入学後、15歳で目黒ジムに入門した【From Fight&Life】石井宏樹が受け継ぐ強者の遺伝子「情熱の系譜」 Fight&Life Web 2012年3月5日。

  • 1996年1月28日、プロデビュー。
  • 1997年12月、アマチュアムエタイの大会「キングスカップ」に出場。僅差の判定で敗れ準優勝となった。
  • 2000年1月23日、鷹山(我龍)真吾にKO勝ちし新日本キックボクシング協会ライト級王座を獲得。

2000年5月、ムアンファーレッグに押され判定ドロー。2002年1月、ムアンファーレッグにTKO負け。

・2002年7月から2003年5月まで7連続KO勝ち。

2004年7月、ムアンファーレッグに判定ドロー。

2004年11月、オリンピックのボクシング金メダリストであるソムラック・カムシンと判定ドロー。

2005年8月、ジャルンチャイ・ラチャダーゴンに判定負け。

  • 2005年1月24日に東京のホテルで開かれた「2004年度第37回内閣総理大臣杯日本プロスポーツ大賞」の授賞式典で、日本プロスポーツ大賞新人賞を受賞した。

2006年4月、西山誠人にTKO勝ち。

2007年4月、小宮由紀博に2度ダウンを奪われるも肘で切り裂き逆転TKO勝ち。

  • 2007年10月26日から開催された第2回アジアインドアゲームズムエタイ競技ウェルター級(63.5kg - 67kg)に出場。10月30日に1回戦シード出場したが、前日の準々決勝を勝ち抜いたファディ・スウィーダン(レバノン)が棄権したため、石井は試合をすることなく準決勝まで進んだ。11月1日の準決勝でヤセル・アブサフィヤー(ヨルダン)を判定5-0で下し決勝に進出したが、11月3日の決勝戦では、マヴォロンベック・ハホロフ(ウズベキスタン)に判定3-2で敗れ準優勝に終わった。

2007年12月、ウイタヤーノーイ・シットクウオンイムに失神KO勝ち。2008年3月、練習中に肘を怪我し、シンマニー・ソー・シーソムポンに判定負け。

  • 2008年12月23日、TOUITSU ライト級(62kg級)初代王者決定トーナメントに出場。1回戦でMA日本スーパーライト級王者壮泰、準決勝でSB日本スーパーフェザー級王者及川知浩、決勝でJ-NETWORKライト級王者黒田アキヒロをそれぞれ判定で降し、優勝を果たした。
  • 2012年3月11日、新日本キックボクシング協会「MAGNUM-28」のラジャダムナンスタジアム・スーパーライト級王座防衛戦で、挑戦者同級6位のゲーンファーン・ポー.プアンチョンに5R3-0の判定勝ちを収め、日本人王者で初めてラジャダムナンスタジアム王座の防衛に成功した(ラジャダムナンスタジアム並びにルンピニースタジアムの外国人王者が防衛に成功したの初めて) 格闘技ウェブマガジンGBR 2011年3月11日。

戦績

獲得タイトル

  • アマチュア
    • キングスカップ 準優勝(1997年)
    • 第2回アジアインドアゲームズムエタイ競技ウェルター級(63.5kg - 67kg)準優勝(2007年11月3日)
  • プロ
    • TOUITSU ライト級王座
    • 新日本キックボクシング協会 ライト級王座(8度防衛)
    • 2004年度 第37回内閣総理大臣杯日本プロスポーツ大賞 新人賞受賞(2005年1月24日)
    • ラジャダムナン・スタジアム スーパーライト級王座(2度防衛)

関連項目

  • 男子キックボクサー一覧
  • 新日本キックボクシング協会王者一覧

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2021/09/16 11:40 UTC (変更履歴
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