【「アダマン号に乗って 」評論】船上のデイケアセンター、自由で創造的なユートピアのような空間が観る者の心も解きほぐす

2023年4月30日 18:00


「アダマン号に乗って 」
「アダマン号に乗って 」

今年2月に開催された、第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で金熊賞(最高賞)を獲得した日仏共同製作のドキュメンタリーだ。

映画の舞台となるパリ、セーヌ川岸に浮かぶ「アダマン」という名の木造建築の船は、精神疾患のある人々を無料で迎え入れるデイケア施設。本作は、ニコラ・フィリベール監督が1996年に製作した、誰もが出入り自由、患者たちが思いのままに生活する森の中の精神科診療所を映した「すべての些細な事柄」に連なる作品だ。

ここに集う患者とスタッフが共に絵画、音楽、ダンスなど文化的アクティビティに参加し、技術の巧拙は別にしても人々の心に触れるような表現を生み出している。ドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイスによる「人間は誰でも芸術家である」という言葉があるが、アダマンに通う熱心な映画ファンのひとりが「ここには俳優よりすごいスターがいる。本人は自覚がない。俺は病気のせいだとは思えない」と語る場面もある。

パリの空を映しながら揺れる水面、木の窓から差し込む穏やかな太陽光が「アダマン号」と乗客たちを包み込み、自由で創造的なユートピアのような空間が、患者だけではなく、我々観る者の心も解きほぐす。一方で、病のために一般社会に受け入れられない患者たちの苦悩も繊細かつ率直な言葉で語られるが、カメラを見つめるその目は真摯で深く澄んでおり、生前に「私は聖なる魂を持っている、私の精神は健全だ」と書き記したというゴッホの逸話を想起させる。

フィリベール監督のフラットであたたかな視点が、患者とそうではない人々の境界線を緩やかにするのだろう。また、スタッフではない一般の人々も、カフェやバザー、ワークショップなどに参加でき、患者と社会を繋ぐ役割を果たしている。数々の医療や教育現場を見つめてきたフィリベール監督が「形式的な事務に追われて個を軽んじる世界にまだ屈していない場所が存在する 人間と言葉の想像力を生き生きと保つ場所だ」と表現する「アダマン号」。映画館で乗船券を買って、パリの彼らと共に心の旅をしてみるのはいかがだろうか。

(今田カミーユ)

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