イノセンツのレビュー・感想・評価
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思った以上に怖い😭
先が読めなくて、不気味で本当に怖かったです。
心身ともに冷え切って、終わって外に出てほっとしました。
無邪気で残酷で、良くも悪くも視野が狭くて短絡的な子どもたちが、念力を使えるとあんな映画になるのですね。
残酷すぎるけれど、ベンは、殺すしかないと思います。
アナ役の女優さんの見事な演技が印象的です。
ただ、猫を踏み潰す必要は、あったかな。ベンの冷血さを表しているのだろうけれど、もう少し他の表現はないものか。イーダがミミズを踏んでいたのもちょっと嫌だったな。
団地の持つ閉鎖性も、よく生かしていると思いました。
心のシンクロ。
ノルウェー郊外住宅団地に住む4人の少年少女の話。
ある夏休み隠れた力が目覚めた4人、その内の1人ベン(男の子)が、隠れた力を悪用し、物、人を操り邪魔な人間を消してく(殺す)、ベンとは元は友達の3人の少女、姉妹のイーダ(妹)、アナ(自閉症の姉)、アナと友達のアイシャ3人の少女達が暴走し始めたベンをどうにか制止しようととする少年少女4人のストーリー。
序盤の猫を高い処から落とし、追い討ちをかけるシーンは作品とはいえイヤだったな~。
猫好きな私からすると。
中盤手前位まで何かちょっと眠たかったんだけど暴走するベンが結構ヤバイ奴で暴走し始めるベン辺りから楽しめた!
暴走するベンだけど白眼剥かないと覚醒された力が発揮できないから白眼シーンは何か個人的には笑えた!(笑)
結局どう解決するんだ!と思ったけど自閉症の彼女がベンよりも強い能力を....。
アナと仲良しだったアイシャちゃんは殺さないでほしかったな個人的に。
☆3にしちゃったけど観てて痛々しいシーン、怖さもあり楽しめました!
なかなかの怖さがあった
ノルウェー郊外の住宅団地で、イーダと自閉症で言葉の出ない姉のアナ、近所のベンとアイシャの4人は夏休みに一緒に遊ぶようになった。最初はベンが軽いものを触らずに動かす能力を見せ、アナも同様に出来るようになり、アイシャとアナは離れててもお互いの思いが伝わるようになり、ベンを含めたアイシャとアナの3人は離れてても心の中がわかるようになっていった。最初は言葉当てゲームのような遊びをしてたのが、やがてベンがその能力で離れた所からサッカーをしてた子供を骨折させたり、他人を操り人殺ししたりと暴走を始めた。そして止めようとしたアイシャやアナは・・・てな話。
最初は何を見せられてるのかよくわからず、喋れない姉を持つイーダの苦悩を描いてるのかと思ってたら、なんと少年や少女たちの超能力開発により、ネコ殺しから人殺しへエスカレートしていく様子が不気味で怖かった。
特にベンがネコの頭を踏み潰した時の頭蓋骨の折れる音とか、自分の母親を熱湯をかけて攻撃するシーン、大人を操作し、歩道橋でいじめっ子を待ち伏せさせたシーン、アイシャのお母さんを操り・・÷、など、猟奇的な怖さがあった。
次はアナがやられる、と思ってたところ、イーダも加わりやっとベンを止めることが出来てホッとした。ベンは死んだのだろうか?生きていたらまた復讐に来るだろうから、死んだのかな?
4人の子役がみんな上手く、話に入り込めてゾクゾクした。
アイシャは白斑でアナは自閉症という人と違った身体的な面があり、それが超能力開発に繋がったと理解すべきなのかな?
ノルウェー語を聴ける機会は滅多に無いので新鮮だった。
ベンとアイシャの母親は黒人のようだったが、ノルウェーでも移民問題が起きているのかも、って背景を想像してた。
なかなか怖くてゾクゾクする作品で良かった。
エンドロールが上から下に流れたのも新鮮だった。
※ネコ好きは注意
超能力を持った子どもたちのサイコホラー(スリラー)。
人物描写や心理描写と伏線、怖さのベクトルがとても好みだった。
最初からラストまで、ずっとどう転ぶのかハラハラしながら見た。
ジャンプスケアは多少あるが、映像や音で怖がらせるよりも純粋に陰鬱なシナリオやキャラの心理や状況が恐ろしいのが良かった。
<あらすじ>
夏休み、団地に引っ越してきた9歳の少女。姉は自閉症でコミュニケーションが取れず、彼女のことを疎ましくも感じている。
団地では不思議な力を持った少年と知り合い、姉と心を通わせた感応能力を持つ少女とも仲良くなる。
4人で遊ぶうちに、主人公以外の3人の能力は徐々に強くなっていき…。
・イーダ
9歳の少女。自閉症の姉を持ち、両親は姉につきっきりで、昼間は姉の面倒をみるヤングケアラー的な役目も担っている。姉のことを疎ましく思い、姉に対してつねったり靴の中にガラス片を入れて憂さ晴らしをしている。
能力は持たない。
・アナ
自閉症のイーダの姉。コミュニケーションは殆ど取れず、痛みも感じないように見える。
アイシャと知り合い、お互いに心を読めるようになる。4人で遊ぶようになると、ベンと同じサイコキネシス能力も得る。
・ベン
軽いものを少しだけ動かす能力(サイコキネシス)がある。アイダに声をかけたのがきっかけで仲良くなる。
4人で遊ぶようになると、重いものを動かしたり、少しだけシンパシー能力を得たり、他人に幻覚を見せて催眠状態にもできるようになる。
父親はおらず、母親から心理的抑圧/虐待を受けていて、団地の他の子供からもいじめにあっている。
・アイシャ
心優しい少女。アナとお互いに心が読め(シンパシー)、アナの痛みを自分の痛みのように感じる。
優しい母を持つが、父親は最近亡くなったのか、人知れず泣いている母を見ることがある。
<ネタバレ>
序盤の主人公の姉に対する嫉妬やいらだちからの暴力描写。4人が仲良くなるに従って、姉への疎ましさも薄れていったが、ベンが能力が強くなるに従ってどんどん酷いことをしていくのを見て、主人公も同じように闇落ちしてしまうのでは…と、どちらに転ぶのかわからない展開にハラハラした。
序盤の主人公の話を聞いてくれない両親への諦観が終盤の自分だけでベンを止めようとする覚悟に繋がったり、嫌がらせのガラス片が終盤のベンへの殺意の道具かつ幻覚からの目覚めのアイテムになったりと、伏線の使い方が好みだった。終盤はこの主人公でないとベンを止めることが出来ないのではとすら感じた。(手段はさておき)
ベンは母親からの日常的な抑圧と男子からのいじめにストレスを溜め込んでいる。猫を殺してしまったのは、最初は純粋な興味(高いところから猫を落としても大丈夫的な通説?)でも、とどめを刺した部分は無垢故には見えない。
親から抑圧状態で問題のある子供は、まず弱いもの、猫や犬などの小動物を傷つける話はよく聞くが、ベンの場合はそれとは異なるようにも感じる。
母親を死なせた(殺したではない)のを契機として、いじめた子供の足を折り、他人に襲わせて殺し、邪魔者をどんどん排除していく。知り合ったときから仲良くし、自分を否定せずにいてくれたアンナに拒否された時は、あれだけ疎ましかった母親の名前を呼びながら泣くほどには傷ついていた。
主人公同様、ベン自身も善悪がわからない子供というだけでも、能力で次々に人を殺していく殺人鬼というだけでもない。彼らの感じる抑圧とストレスには共感してしまうし、その後の展開への恐ろしさもリアル。
アイシャ&アナコンビは好きだったので、アイシャが殺されてしまったのは残念で仕方がなかった。しかしホラーではいい人は早々にログアウトしてしまう定め…。ベンを止められるのはアイシャではなく、清濁併せ持ち能力を持たない主人公という展開も良い。
ラスト、姉妹で手をつなぎベンを止めたところ。
結局どちらの力か分からなかったというのは好きだった。妹かもしれないし、姉かもしれない。この姉自身も清だけとは限らないのだから。(アイシャ殺害への怒りという点もあるし、妹の能力を高めた=姉妹2人の力という見方もありそう)
人にはいろいろな面があり、それらが変わることもある。
子供が純粋無垢と思いたいのは大人の願望だろうというのがこの映画のタイトルなのかなと思った。大人の知らない子どもたちの戦いだった。
バナナンバナナンバナナ
超能力に目覚めた子供達が遊びの中で能力を高めて行きトラブルになる話。
夏休みに両親と共に郊外の団地に引っ越してきた9歳のイーダと、言葉は勿論感情を表すことすら出来ない自閉症の姉アナが、団地で知り合った不思議な力を持つベンジャミン君やアイシャちゃんと仲良くなって…というストーリー。
超能力バトルみたいなエンタメ作品ではなくて、序盤からホラーサスペンスみたいな空気感だし、ベンジャミン君は結構な残酷ショーをみせてくれるしで不穏な感じ。
回りくどいやり方や、先を考えていない行動は発想が子供だからってことかな?
そしてアナは他者のバワーを受け取れるってことかな?
最後は何の予兆もなく増えまくっていてちょっと唐突に感じたけれど、なかなか面白かった。
死に触れて成長する子どもたち
この作品で能力を使う子どもたち(イノセンツ)は障碍を持っていたり、社会的差別を受けている。
不自由なぶん、精神のエネルギーはとても強く、能力が芽生えたのだろう。その能力は死に触れることで増幅することが描かれている。
ベンは母親を殺したことがトリガーとなり、サイコキネシスの能力は人を自由に操る能力にまで昇華した。
寺山修二監督の映画に「田園に死す」という作品があるが、これは田舎でくすぶる少年が未来からきた自分自身に母親殺しを諭される話。"少年が一人前の男になるには母親を殺して一人立ちするしかない"という昭和臭くも、核心をつくような思想が主題となっている。
母殺しによってベンの能力がレベルアップするのは、退路を絶ちきった固い決心によるものだと思う。
憎らしくも、大切な母親だが、ベンにとっては消さなければ前に進めない大きな障壁だったのではないだろうか。
アナはアイラの死によって身の危険を感じ、ベンを殺そうとするも、未遂に終わる。そして、報復として車に轢かれ足を負傷してしまう。
数日後、窓の外で睨み付けるベンを見て、イーダはおもむろに走りだす。
アナはイーダを守ろうにも足の石膏が砕けず、狼狽するが、そんなとき超能力で石膏が割れ、足も完治する。
もともとアナには自発的な能力は備わっておらず(他人の能力を増幅させる力はある)これもまた、死に触れた際の瀬戸際の体験が能力の進化を促している。
ベンを友達ではなく災害と認識し、殺す決心ができたのはアナが人の死に触れたからだ。
大切な友人、親、或いは恋人でも、抑圧しなければならない。そのためには殺害も厭わない。
大切なものを絶ちきってイノセンツは大人になる。
アナの手が止まる時
それは何らかのチカラ(念)を感じた時。逆方向(下から上)に流れるエンドロール。
感じたチカラは「ベンの念」。逆方向に流れるエンドロールの意味は、そのものズバリ「逆転」。
姉妹は彼を仕留め切れなかった。もしくは救急車の中で蘇生した。逆方向のエンドロールは、「見た結末は逆転してしまう」を意味する。
と言う事で。
怖いよね....
かなりの低予算、CGにも頼らずに、この地味に染みる恐怖感は、さすが北欧です。
良かった。
と言うか、地味に怖かったですわw
静かなるサイキックウォー
不思議な能力に目覚めた子供達が、その能力に魅入られ飲み込まれた少年の暴走を止めるため
奮闘する話。(大分意訳。)
劇伴はほとんどなく、静かに、しかし確実に、終盤に向かって状況は悪い方に進行していく。
子供達の演技は素晴らしく、劇中唯一の嘘である超能力をエンジンに
グイグイとストーリーが展開していく。
ネタバレ
個人的には、下のような構造かな、と勝手に思った。
女の子:テレパス
インド少年:サイキッカー
姉:能力増幅機能持ち
妹:最初能力なし、覚醒後:テレパス
※4人以外にも能力者は存在する。
(能力者は互いにテレパシーで意思疎通可能。 テレパスも多少のサイキック能力あり、という前提。)
・当初、妹は覚醒しておらず能力がなかったため、3人とテレパシーで繋がることが出来なかった。
・インド少年が森でブチ切れてサイキック能力を使用した際、姉の増幅機能が作用し倒木を粉砕した。
・女の子は姉と意識を共有でき、遠隔地のビジョンを目前の人物に投影して見ることが出来るほどの強力なテレパスだったが、
単体ではサイキッカー相手に対抗手段が無く、排除された。
・妹はギブス破壊時にテレパスに覚醒。
・妹覚醒後、姉と意識を共有し、増幅機能の利用(かつ他の能力者(ベランダから覗いていた子達)と連携)することで、
インド少年の精神を破壊し、暴走を止めた。
・妹はテレパスとして姉と繋がることで、今後共に幸せに暮らしていけるはず。
大分願望込みですが、
こんな理解はどうでしょうか?
子供によるサイキックスリラー
鑑賞後に大友克洋さんの童夢を参考にされているとのこと、記事で読みました。といっても童夢、未見なのですが。
あまり馴染みのない北欧の映画、かつ、北欧のホラーという口コミでしたが、主人公の女の子は意地悪で冒頭は非常に感情移入しづらい、というか、積極的にNGなのですが。
お話は大型団地に住む4人の子供たちによるサイキック・スリラー。
子役の4人の演技は素晴らしく、段々と物語に引き込まれました。特に,自閉症のお姉ちゃんは脱帽です。
最後は超能力対決です。まさか、クローネンバーグのスキャナーズ?と思いましたが、流石にそんなことはなく、静かに幕を閉じました。
それは
「イノセンツ」
森の中の郊外の団地。
夏休みはどこの家庭は別へ休暇中なので
大きな団地でも、人が少なくひっそりとしている。
新しく入居した家族。
序盤から子供の無知と無垢と無邪気は
理性を持ってしまった大人をゾッとさせる。
最後は静かな対決。
ロケーションと設定、
とてもスリリング。
しかし友情や愛がある。
動物に危害は加えておりません。
開始早々、天真爛漫な子供の中にある
邪悪さを見せられて
「2時間耐えられるか😫」と思ったほど。
穢れを知らないからこそ生まれる邪悪な心
冷徹で残酷な子どもたちには「母親からの愛情」も
大きく関係するのです。
姉への嫉妬心、抑えられない怒り、
子どもならではの短絡的な思考
久しぶりに終始ぞわぞわさせられました。
誰しもが悲鳴をあげたくなるあのシーンは
劇場で映画観ながら初めて「ひっ😨」と声が
出てしまいました💦
4人が集まることで、能力がパワーupした時には
X-Menの育成話❓かと思うほどで、
それまでの雰囲気や禍々しさや陰鬱とした空気感が
ちょっと崩れたなぁ🤔勿体ない気がしました。
猫チャンに対する所業は許すまじ!!
倫理観が形成される前の残虐性を残した子供たちが、超越的な能力に目醒めてしまうサイキックスリラー。
大人たちの知らないところで静かにサイキックバトルが繰り広げられる構図は面白い。
……だけど、猫チャンに対するあの描写は絶対許せない!
その他の美点をすべて帳消しにして、マイナス5万点。
【夏休みに”或る能力”に覚醒した子供達4人の、無垢故に善悪の区別が曖昧な中”或る力”を暴走させて行く少年や、子供達の関係性の変遷を不穏極まりない雰囲気で描いた北欧サイコキネシス・スリラーの逸品。】
ー フライヤーに記載されている通り、今作は大友克洋の名作「童夢」へのオマージュに満ちている。ー
■「童夢」・・一応概要を記す。
ボケてしまったチョウさんの住む”団地”に、悦子と言う女の子が越してくる。怪事件が多発していた団地の中で”悪戯”をしていたチョウさんに、悦子はチョウさんを上回るサイコキネシスでチョウさんの”悪戯”を止めようとする。
ラストの公園での二人のサイコキネシス対決は、名シーンである。
*今作と「童夢」との関係性
チョウさんは誰が見ても、一線を越えて善悪の区別がつかなくなった強力なサイコキネシスを得たベンジャミンである。
そして、悦子は、悦子と同じく団地に越して来た、イーダと強力なサイコキネシスの能力を持っていた自閉症の姉のアナである。
今作は、そこにアイシャという自分の意思を告げられないアナの代弁者であり、且つ凶悪化したベンジャミンに対し、怒りを持つようになった女の子が重要な位置づけで描かれているのである。
◆感想
・冒頭、イーダと姉のアナが郊外の団地へ向かう車の後部座席に乗っているショット。
ー 陽光が降り注ぐ中、イーダはアナの足を抓る。だが、アナは表情を変えない。アナが自閉症である事が、この後語られる。
団地に越してからも、イーダはアナの靴の中に割れたガラスを入れる”悪戯”をする。イーダは母に構って貰えない理由をアナの所為にしているようだ。-
・イーダは団地で、一緒に遊ぶようになったアイシャ(黒人だが、白斑に罹っている。)とベンジャミンとで、石を垂直に落としてそれを別の方向に曲げる”遊び”や木の枝を折ったりする”遊び”をしている。
ー 最初は”遊び”だったのが、思考を共有していく子供達の間に起こる摩擦。
特にアイシャは口の利けないアナの思考が良く読め彼女の代弁者となる。ー
■そんな中、ベンジャミンの”遊び”が残忍化していく様は恐ろしい。
元々猫を階段の上から落としたり、その猫の頭を踏みつぶしたりするベンジャミンの残虐性ある性格が、徐々に暴走し始める。
口うるさい母に対し、料理中に頭にフライパンをぶち当て昏倒させ、煮えたぎるスープが入った寸動鍋を母親にサイコキネシスで動かし掛けるシーンは、可なり怖い。
更に彼は、或る男を操り且つて、サッカーの時に彼を揶揄った14歳の少年を襲わせ殺し、サッカーをしている少年たちの一人の足の骨をへし折るのである。とても怖い。
ベンジャミンのサイコキネシスの暴走が始まって行くのである。
・ベンジャミンの行動に気付いたアナとアイシャはベンジャミンを止めようとするが、ベンジャミンはアイシャの母を操り、彼女を刺殺する。
ー この辺りの子供達の連動性が、コレマタ怖い。アイシャに対するベンジャミンの攻撃を察したアナとイーダは、彼女を助けようとするが・・。
又、アナのサイコキネシスの力が、実は一番強いのではないかと分かって行くシーンも印象的である。彼女が回す止まらない鍋蓋。
自分の心を読んでくれたアイシャを殺したベンジャミンに対する声なきアナの怒り。
故に、アナに対してはベンジャミンも手が出せないのである。ー
■そして、アナとイーダが、アイシャを殺したベンジャミンと対峙するシーン。アナとイーダは今や結束して手を繋ぎ、少し遠くの公園のブランコに座っているベンジャミンと、サイコキネシス対決をするのである。
そして、周囲の大人は何一つ気付かない中、ベンジャミンは息絶えるのである。
- ここは、監督の”童夢”に対するオマージュが容易に感じられるシーンである。”童夢”では、悦子がブランコに乗り、チョウさんは公園の椅子に座っている。そして、チョウさんが悦子の自分を観る怒りに満ちた姿に気付いた時の驚愕の表情。(見開き2ページ使って、大友氏はその表情を描いている。名シーンである。)-
<今作は、子供だから善悪の区別が曖昧な中、サイコキネシスを暴走させて行くベンジャミンや、それを止めようとするアイシャ、アナ、イーダの関係性の変遷も絡めて、ヒンヤリとした恐ろしさと、独特の世界観を漂わせた、北欧サイコキネシス・スリラーの逸品である。>
■2023年8月20日
親切なレビュアーの方のご指摘を頂き、一部修正しました。
単純に面白い!とは言えない…
サイキック物は楽しい方がいい…
猫可哀想…
ストーリーの構成とかキャラクター的にはいいと
思いますが…残虐なシーンが意外と多くて
HSP気質の私はみ終わったら疲れてしまいました。
念力でものを動かす戦いなのかと思いきや
人まで操れるなんて…念力で留めといてくれたら
良かったなぁ、と個人的に思いました。
スプーン曲げとか物体浮遊、透視能力とかテレパシー…
その辺ならまだサイキック感ありますけど、
人を操る、憑依に似た能力まで使っちゃうとなんでもありになっちゃう。
健常者の妹が小さいながらも自閉症の姉にしたイタズラを姉はどう感じてたのかとかは気になりました。
終わり方は結構あっさりしていたので良かったかなと思います。
まんま
なかなか雰囲気を盛り上げるのが上手い。
北欧の映画はたまにこういう良品がある。劇伴も効果的で好ましい感じだし、なんといっても子役の4人がそれぞれ上手い。そこがポイントかな。
しかしラストは『童夢』まんまじゃねぇか。笑っちゃったよ。いや別に良いんだけど…
(試写会で見た作品は内容のいかんにかかわらずネタバレ扱い)「わたしは最悪。」と相性があうかどうか?
今年237本目(合計888本目/今月(2023年7月度)23本目)。
(参考)前期214本目(合計865本目/今月(2023年6月度まで))。
fansvoiceさまのご厚意で早く見ることができました。
北欧発のサイコスリラーというもので、北欧映画自体が珍しいので(しいてあげれば、ロスバンドくらい?)、そこでの目の引きようはあると思います(ただ、今のところミニシアター中心の模様)。
また、2時間と結構本格的な割に表現についても配慮があり(何の表記もないけど、一般指定?あってもPG12だと思いますが…)、ここは安心して見られるところです。
通常、子供どうしのトラブルには親なり警察なりが合理的な範囲で介入しますが、介入しなかったり、介入の度合いが不適切だったり配慮が不適切だったりすると、子どもはどんな反応を示すのか…というのがテーマで、日本では福祉の在り方が違うので一概には言えませんが、設定的にはありだろう、というところです。
どうしても映画の趣旨的にネタバレ要素が異様なまでに強く(一応、「これには触れないで」という扱いはないものの、どう考えてもダメでしょみたいなのは3つくらいはある)、どう感想を書いてよいか…といったところです。
なので、関連する作品やヒントになりそうなところなどなどを。
まず、日本では北欧映画というのは結構珍しいもので、本作品が正式公開される日も含めても、1年間に2~3本あるかどうかというもので(去年はロスバンド)、ロスバンドなり何なり、旧作でもよいので何かVODで課金して、「北欧作品とはどういうものなのか」ということを事前に把握することをお勧めします。
また、北欧映画あるあるなのですが、登場人物の名前(趣旨的に子供の名前が大半)が一般的な名づけと違うようで、余り聞きなれない名前の子も出てきますが、「誰が誰か」を整理できないと詰むところがあります(ただ、趣旨的にはスリラーものないしホラーなので、そこが理解できないと全体がワケのわからないということにはならない)。気になるなら、何か作品を一つ見るだけでも、「北欧映画ってこういう名前の人が多くて、(インド映画やドイツ映画等と違い)こういう独特な進み方なのね」ということがわかるのでお勧めです。特に後者、「登場人物の整理」に関しては、オンライン試写会では都度巻き戻して公式サイトを参考にしながら見ることはできますが、実際の映画館ではそれはできないので、2時間と長い事情もあり(一応、1時間57分ですが、そこに映画館の予告編やら、「勝手に盗撮するな」とか入れると2時間10分くらいか?)、途中で「半つまり」が発生しますので、公式サイトなどで事前に「予習」しておくだけでも違います。
なお、このスリラー・ホラーものは後半の1時間に多く集中しますが、前半の自己紹介的なパートの部分にもヒント描写は隠されています。とかく長い映画は「本質でない部分」が軽んじられる傾向がありますが、この映画はそこを飛ばしたり適当に見ているとさらに詰まるので注意です。
また、タイトルにも書きましたが、脚本が「わたしは最悪。」の方と同じである事情もあり、ストーリー展開が多少似る部分もあります(ジャンル分類が違うので、「多少似る」程度であるにすぎない)。この点でも同作品を見て賛同できたかどうかも、チョイスのひとつの選択肢になりうるだろうと思っています。
減点対象としては特に見出しにくいのでフルスコアにしています。
やはり「わかりにくい」点は、北欧映画という「レアさ」から出る部分はどうしてもあるので、試写会参加者も正規の公開公開日にもう一度見ることも、また想定されているし、それもあまり負担はかからないのかな、という気がします(2時間というのは一応、標準より少し長いかな、程度でしかないので)。
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