劇場公開日 2023年9月1日

「映画というコンテンツは現実を伝えるためのメッセージなのだとわかる素敵な作品。」アステロイド・シティ あふろざむらいさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0映画というコンテンツは現実を伝えるためのメッセージなのだとわかる素敵な作品。

2024年4月29日
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鑑賞方法:VOD

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これはよかった。
本作は製作費35 億円、興行収入76 億円。ウェス・アンダーソン作品としては「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年)の276億円に次ぐ2番目の興行収入だそうだ。「グランド・ブダペスト・ホテル」は10年前の作品なので、その間に売り上げが積み上げられている可能性もある。そして、「グランド・ブダペスト・ホテル」は、展開が早く、なにも考えずに観ていても楽しかった。本作はなにも考えずに観ているとよくわからないと思う。そういう要素も興行収入の差につながっているのだろう。
ウェス・アンダーソンらしい画面作りはいつも通りだが、ストーリーは比較的淡々と進む。いろいろな出来事はあるのだが、起伏が少ない。
ただし、構造的にとても凝っていておもしろい。
大量の小ネタが盛り込んであり、映画やアメリカの歴史に詳しい人でないと全部はわからないと思う。
こう書くと、自分は理解できたかのように聞こえるかもしれないが、一部しか理解できなかったという意味だ。

その前提で話を続けると、構造的には下記のようになる。
・コンラッド・アープという劇作家が、新作劇「アステロイド・シティ」を作り上げていく創作過程を舞台裏から見ていく、というテレビ番組。これはモノクロ。
・その新作劇「アステロイド・シティ」の世界(1955年9月金曜の朝7時からはじまる)。これはカラー。

もう少し細かく書くと下記のようになる。
映画という虚構(①)の中で、コンラッド・アープという虚構の劇作家が作り上げた(②)、アステロイドシティという虚構の街(③)で起こる物語を描く。そこにいる人物は、カメラマンであったり笑わない喜劇女優だったりする。彼らはフィクション(④)を作り上げる人物だ。ありえないできごとがたくさん起こるが、フィクションだから良い。
というわけで、自分が発見できただけでも、少なくとも4段階の虚構が入れ子になっている。

1950年代のアメリカは豊かだった。
ただし、ネバダ核実験場では核実験が繰り返されており、55年はティーポット作戦というもので、2月から5月の間に14回行われている。本作でもその描写がある。
1945年に第二次世界大戦が終わって10年経っていたが、兵器の開発が終わるわけではない。それは今でも同じだ。
「オッペンハイマー」(2023年)、「デューン 砂の惑星 PART2」(2024年)のいずれも、核を描いている。ちなみに本作の「アステロイド・シティ」という町は作り物感があって、「マンハッタン計画」のために作られた「トリニティ実験場」も作られた町であることを思い出させた。
現代のアメリカにおいて核戦争への危機感というものは高まっているのだろうか。

いくつもの虚構を重ねていく構造はクリストファー・ノーランの「インセプション」(2010年)と類似しているが、本作はむしろ虚構の中に現実を認識する効果があるのだというメッセージがある。それは作中に出てくる「眠らなければ、目覚めることができない。」というセリフに象徴されている。
眠るということは夢を見るということだ。フロイトの精神分析によれば、夢で起こる出来事は現実の影響を受けている。夢を解釈することで現実を知ることができる。また、睡眠の次には目覚めるという行為がある。目覚めるというのは、肉体的な目覚めだけでなく、現実に気づくという目覚めという意味もある。
「眠らなければ、目覚めることができない。」というセリフには、映画というメディアが、人々の目覚めを促すことができるのだというメッセージがこめられているのだろう。
おもしろいのは、サム・メンデス「エンパイア・オブ・ライト」(2022年)、スピルバーグ「フェイブルマンズ」(2022年)など、同時期に「映画についての映画」がいくつも作られているということだ。
コロナにより映画産業はダメージを受けた。時代としても「分断」がキーワードになるなど、ネガティブな空気が世界を覆っていた。だからこそ映画という媒体の在り方を見直す流れがあったのではないだろうか。本作もその中の一つであり、映画ファンにも訴えかけるものがあったのだろう。

あふろざむらい