劇場公開日 2023年5月5日

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「ミア・ハンセン=ラブ監督の成熟と、同世代セリーヌ・シアマとの対比を思う」それでも私は生きていく 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ミア・ハンセン=ラブ監督の成熟と、同世代セリーヌ・シアマとの対比を思う

2023年5月5日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

ミア・ハンセン=ラブ監督の前作「ベルイマン島にて」(2021)のレビュー枠で、「EDEN エデン」「未来よ こんにちは」は乗り切れなかったが、「ベルイマン島にて」は劇中劇の入れ子構造を曖昧化する巧みさに感心した、という趣旨の評を書いた。1981年生まれのミアは十代後半で女優デビューし、二十代後半で監督・監督に転身。最新作「それでも私は生きていく」のストーリーには、哲学教師だった自身の父が晩年に患った病気をめぐるミアの体験と感情が反映されているといい、現在42歳の彼女の人生経験が近年の作品に深みを与えてもいるのだろう。

主人公のサンドラを演じたレア・セドゥは1985年生まれの37歳。カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「アデル、ブルーは熱い色」を筆頭に、スパイ映画のファム・ファタールなどセクシーな魅力を放つキャラクターを数多く演じてきたが、本作のサンドラは通訳者として働くシングルマザー。衰えゆく老父を世話したり施設で見舞ったりすることもあり、髪はショートヘア、服装も比較的シンプル(とはいえ、妻子持ちのクレマンとの関係が発展してからのビビッドな赤のアウトフィットも印象的だが)。レア・セドゥの新たな魅力を引き出す監督の狙いは確かに成功している。

ハンセン=ラブと同世代のフランス人女性監督でいうと、現在44歳のセリーヌ・シアマの作品群(「水の中のつぼみ」「燃ゆる女の肖像」など)のほうが個人的には好みだ。監督デビューも同じ2007年の2人だが、フランスの国立映画学校ラ・フェミスで学んだシアマがストーリーと映像を緻密にロジカルに構築し、同性愛の要素さえも普遍的なテーマへと昇華させてきたのに対し、女優出身のハンセン=ラブは自身の体験にゆるやかに基づくエピソードの断片を、感性を活かしてつないでいく作劇という印象。大雑把な比較だが、自分なりに好みが分かれる理由を説明するとそうなる。ちなみに、シアマ監督の最新作「秘密の森の、その向こう」にも、実の祖母の晩年が反映された部分があるという。衰え死に近づく家族に向き合った体験を創作に組み込む、両監督のアプローチの違いも興味深い。

高森 郁哉