劇場公開日 2023年6月2日

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「討ち死にして号泣するみっともないおやじに憧れる」苦い涙 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0討ち死にして号泣するみっともないおやじに憧れる

2023年9月26日
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鑑賞方法:映画館

あの「聖セバスティアンの殉教図」。
イタリアの画家グィード・レーニの「殉教者・聖セバスチャン」です。
矢で射られて死んだ聖人の大きなポスターを前に、アパートの二階で繰り広げられるワンシチュエーションの舞台劇でした。
アミールと同じポーズの再現は、三島由紀夫もやっていますから、検索してみて下さい。

恋愛は何かを手中にし、支配することではないですね。
ぜんぶ無くして、壊されて、新しくその相手との人間関係を始めるってことなんです。

そしてもちろん逆もしかり、「結婚」も、誰かのものになったり誰かからの支配を受け入れることではありませんよね。

でも男って、誰かを好きになる時って無我夢中。
ピーターの頑張りが可愛いんですわ。
猛然と自分をアッピールして目の前の恋人を自分の魅力で惹きつけようとする。そして恋人を我が物にしようとする。
( 諸氏、あなたにも覚えがあるでしょう?笑 ) あの“反応”と“衝動”は、動物の生態学としてはDNAの発動するプログラムですから、これは求愛行動としては恥じることでもなく、仕方が無いのですが、「つがい」を作るとき、春先のウグイスのようにオスはさえずり、メスの周りをくるくると舞い踊り、あんなふうに胸を張ってメスの前で良く喋りますよねー、ピーター。(笑)

慈母ハンナ・シグラはピーターを抱きしめてたしなめ、
女優シドニーはピーターに呆れ返り、
娘ガブリエルは父親のそんな姿に涙。

アミールに気に入られようとして飾り羽根を広げて迫り寄るピーターは、雄孔雀そのものなんです。
インテリらしさを見せつけます。理路整然と、理詰めで相手を説得し、知識と経験とトロフィーのありったけを総動員して、他の男たちよりも優れている風を装ってね。あれは絵に書いたような男の性なんです。
美青年アミールをキャメラで撮りながら、その瞬間、男ピーターはアドレナリン爆出です。自分が恋人の前で心身ともに“バージョンアップしていく快感”に、自分自身でも酔っているのです。

ところが
猛烈アタックの甲斐あって、ピーターのものになってくれたはずのアミールくん、
たった9か月あとにはすっかり雰囲気が変わってしまったョ、 チャンチャン♪という結末でした。
しおらしかったアミールが、残念ながらベッドで朝寝でゴロゴロしたり、ピーターを口汚く罵って叱りつけたりと、アミールも古女房の“鬼嫁”に変身している訳ですが。
・・ガラガラの映画館でしたが、僕はここでもなんども声をだして笑ってしまいました。

パートナーが男であろうと女であろうと、DNAの春を過ぎればみんな早晩あんなふうになってしまうのだって分かって、お付き合いをする人たちは《幻想》が払拭されて、いいのではないですかね。

オゾンは容赦しません、
熱して下さい。そして冷めて下さい。
男は 恋の季節が過ぎればさえずりが止み、女は可愛いらしいポーズを止める。
詐欺じゃないんです。そういうふうに動物として出来てるんです。
そこを楽しむのです。
だから人間は面白いのです。

アミールが去ったあとの、
映画監督ピーターの失意。あの嘆き様が、そりゃあ可哀想で可哀想で。でもドゥニ・メノーシェ、まったく素晴らしい演技でしたねー。
中年になってあそこまで人を好きになれたって凄いこと。

・・・・・・・・・・・・・

今週僕は フランソワ・オゾン鑑賞週間でした。
「スイミングプール」では女同士の確執とタッグ、
本作「苦い涙」では今度は男同士の愛と別れ。

でもすでに、世界は性別などもうどうでも良い時代に入っているのですよね。
そういえば僕の大好きな現代バレエの名作=ラヴェルの「ボレロ」は、今でこそ大きな丸テーブルの中心で踊る筋骨逞しい男を、たくさんの裸の男たちがそれを取り囲んで、激しくプリンシパルを求めて舞い狂う=モーリス・ベジャールの振り付けが決定版とされていますが、
元々はと云えば、ボレロのストーリーは、酒場のテーブルで踊る女を酔っ払いの男たちが取り囲んで囃し立てるという構図なのでした。それが原点。

それがボレロの振り付けは、後に女がテーブルに立ち、同性の女がそれを取り囲むという「女✕女」の舞台が生まれたあとに、ベジャールの「男たちだけの踊り」に変遷。行き着いたのです。

性差の壁を乗り越えて、人間の情熱と求愛のドラマはステージにもスクリーンにも爆発します。

本作、
最後には“ジャイアン”キャラクターのピーターが、召使いカールから驚きの反撃を受ける。
殉教図。そして
アミールの裸の写真が横に並び、
写真の下にピーターは倒れ伏します。
「キューピッドの矢は愛を燃え上がらせるけれど、当たりどころが悪ければ人を死なせて、愛を死なせるのよ♪」と
ずっとそのように歌うシドニーのレコードが流れていました。

支配しようとして、ぜんぶを失って、またみっともなく泣く男。そんなピーターがむさ苦しくて いじらしくて可愛い。

オゾンのやり口。いいですねー。
映画監督として、シニカルに、自分のプロフィールをピーターに重ねて映像化したのかも知れません。
オゾン。サラリと、毒を吐きます。

・・・・・・・・・・・・・

こちら長野県はすっかり秋の気配です。
長い猛暑の夏が終わり、Tシャツではもう寒い陽気となりました。
塩尻市の東座。
切符売り係兼、映写技師兼、上映前の解説者兼の東座の社長さん=合木こずえさんも、いつもはアップにしていた柔らかい髪を、細い肩に静かにおろしていました。
オータム・イン・塩尻です。

しんみりと愛を語るにふさわしい季節です。
目を血走らせてがぶり寄る春には、まだあともう少し。
しっとりと良い映画を楽しみましょう。

ありがとう。

きりん
ノブ様さんのコメント
2024年4月30日

コメント有難うございます!
楽しかったです。

確かに中年であそこまで若い時のような恋愛って一般的には中々ないから、ある意味幸せでしたね。
その分、喪失感の痛みは酷そうですが😹
またよろしくお願いします!

ノブ様
talismanさんのコメント
2023年9月28日

アミールがバレエやったら絶対素敵だと思います🤍

talisman
talismanさんのコメント
2023年9月26日

聖セバスティアンの殉教図もベジャール振り付けのボレロも大好きです。初めて見たボレロはシュトットガルト・バレエ団のでテーブルで踊ったのはマルシア・ハイデ。あの細い身体が力強くしなやかでかっこよかったです。

talisman