劇場公開日 2023年6月2日

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「狂気からしか生まれない認識があること。」苦い涙 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0狂気からしか生まれない認識があること。

2023年6月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

2022年。フランソワ・オゾン監督。ゲイの売れっ子映画監督は恋人と別れたばかりだが、親友の大女優が連れてきた青年に一目ぼれ。同棲を始めて彼の映画をつくろうとする。しかし、やがて独占欲のある監督は奔放な青年と衝突し始めて、、、という話。
恋愛に100%の二者関係と曇りのなく愛される肯定感を求める監督の「幼児性」が強調されていて、愛が破綻したときに見せる周囲への態度、大女優や母親、スイスの寄宿舎に預けている思春期の娘、さらに監督に奴隷のように仕えるアシスタントへの態度は、度が過ぎて狂気じみている。しかしその狂気のなかにある真実がみどころ。
大女優には「仕事をもらいたくて寄ってくる」母親には「金をせびっている娼婦」娘には「子供のくせに」アシスタントには「好きで服従している」と言い放つのだが、それらはブルジョワ的家族で無意識に共有されながら誰も指摘しない暗黙の前提への批判であり、狂気の愛の地平からしか出てこない。この世にない100%の愛を求める男だからこそ、この世のルール、日常生活の前提がばかばかしく見えるのだ。そしてその指摘はある程度は正しい。それは、アシスタントへの態度を改め、恋愛対象として(監督の場合それはカメラの被写体にするという意味だが)扱おうとしたとたんに痛烈に拒否されることに表れている。これは、これまで耐え忍んだ屈辱への抵抗ではなく、監督が指摘したように、自ら望んでいたSM的服従関係(そこには大いなる快楽があった)の終わりを告げられたことへの抵抗、と見るべきだろう。
異性同棲、同性関係、金関係、仕事関係、家族関係、主従関係、といった愛情を巡る複数の関係が複雑に交錯している面白い話だった。イザベル・アジャーニがぶちこわしているのは間違いない。

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