劇場公開日 2022年1月7日

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「同性への恋心に「特別な何か」はいらない」ユンヒへ くちなし(映画.com編集部)さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0同性への恋心に「特別な何か」はいらない

2022年1月27日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

 とても薄いガラスでできたような映画だ。

 驚くほど美しいのに、簡単に壊れてしまいそうで、大切に扱わなければと思わされる。イム・デヒョン監督は、これまで韓国映画で取り上げられることが少なかった中年女性の同性愛を、特殊なものにすることも、性的なものにすることもなく、抑圧された社会に“ただ”生きる女性たちの物語として描いた。

 韓国でシングルマザーとして暮らすユンヒと、日本で伯母と暮らすジュン。20年前のふたりの初恋が、北海道・小樽を舞台に語られる。

 劇中で、ユンヒとジュンの恋は、直接的な言葉や表現を一切使わずに描かれる。ふたりが恋愛関係にあった20年前の韓国では口に出せなかった強烈な思いを、陳腐なセリフで語らせない演出に、キム・ヒエさんと中村優子さんの静かに燃えるような演技が光っていた。

 中村さんは、ジュン役を演じるにあたり、ジュンとユンヒの文化的背景を知ろうと、当時日本語翻訳版が出たばかりだった「82年生まれ、キム・ジヨン」を読んだ。中村さんをインタビューするにあたり、私もこの本を読んだ。薄々気が付いていながら、怖くて直視できないものが詰まっていそうで避けてきたこの本を、「ユンヒへ」を見る前に読めて良かったと思う。この作品をフェミニズムに絡めて語りたくないが、家父長制の強い文化のなかで、女性として生きるのはやっぱりつらいことだ。私が慣れてしまっただけで。そのうえで、レズビアンとして生きるユンヒとジュンはどんな思いだろう。

 ジュンは日本で独身のまま暮らしている。ジュンにその選択肢があったこと、ユンヒの娘が母親をジュンと再会させたいと思ったことは希望だ。それでも、これが、こんな些細なことが希望だというのは同時に絶望でもある。ユンヒの娘の世代には、もっと希望らしい希望があることを願う。

 インタビュー終わりに、ユンヒとジュン、キム・ジヨン、そして私たちが生きる世界について少しだけお話した。「何も変わらない、本当に何も変わらないんですね」とふたりで目を伏せたことは一生忘れない。

くちなし(映画.com編集部)