劇場公開日 2021年9月3日

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「木が燃える記憶」モンタナの目撃者 ASHさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5木が燃える記憶

2023年1月8日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

目の前で木が燃えるのを見たことがある。まだ小学生の頃だった。冬場で乾燥した空気の中、臨家から発火した火が近くの樹木に燃え移った。最初は静かにくすぶっているだけだが、そのうち、木の油がにじみ出てきたのかぱちぱちという音を立てて、突然、夜空に火焔が吹きあがった。

恐怖、不安もあったが、正直言えば、きれいだと思ったのを覚えている。自分の家には飛び火せず、比較的早めに鎮火した。その後、子供の耳にも、隣の家の人が自分で火をつけたのではないかという噂が出回った。真実かどうかは知らないが、その人たちは町を去った。

大スキャンダルを暴露しようとした父親が暗殺者に殺害され、寸前のところで難を逃れた少年を、前の山火事で風の行方を読み違えて、救えたはずの少年の命を見殺しにしたトラウマに悩む女性森林消防隊メンバーが追ってから逃げるという話である。

当然、どこかで聞いたような物語である。

映画には二種類あるのだろう。
一つ目は、なじみ深い物語の繭の中に見る物を包み込んでくれる映画。

二つ目は、衝撃的なショットで映画とは何か存在とは何かを揺るがしてくれる映画。

当然この映画は1つ目である。ただ繭の中に包み込んで欲しいとはいえ、包み込まれ過ぎては息苦しくてつまらなくなる。鑑賞者の欲求とは自分勝手なものである。

僕は、繭に包まれたい映画鑑賞者だ。蓮實重彦の本は読むけれど、蓮實重彦の推奨する映画を楽しめたことがない。

でも、やはり繭にも裂け目が必要だ。

この映画の裂け目は、燃え盛る山火事のシーンだった。ショット的に優れていたかどうかを判断できる能力もないし、その気もない。

ただ山火事の場面の中で、僕は、子供の頃に聴いた木の燃える音を明確に再体験した。
その意味では、僕の繭は少しだけ破れ過去へと遡及したようだ。

その意味では見る価値はある映画だった。

ASH