劇場公開日 2021年4月2日

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「メハルの精神、そして「家」を持ちたいという気持ち」サンドラの小さな家 よしえさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5メハルの精神、そして「家」を持ちたいという気持ち

2021年4月23日
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鑑賞方法:映画館

DV夫から逃げるために、自らの手で家を建てる女性の物語。雑にまとめるとこうでしかないのだけれど、計算され尽くしたハートウォーミングなドラマだった。「計算され尽くした」というとネガティブな印象を持たれるかもしれないので使うのを躊躇うが、そうとしか言いようがない、巧みに組み立てられた脚本と演出、演技、更にBGMまでも見事な構成だった。

夫からの激しいDVに、幼い娘二人を連れて逃げたサンドラ。しかし生活基盤のない、恐らくは専業主婦であったろう彼女にとって、公的補助はあれど子供二人を抱えての生活は厳しい。
そんな中、娘が組み立てていたブロックの家を見て、自分で家を建てることを思いつき、ネットで検索したところ、まさにうってつけの図面と建て方をレクチャーするサイトを見つける。ただ家を建てるには土地がいる。放置された公有の空き地を見て回って溜め息をついているところに、雇い主の医師から土地を提供するとの申し出を受ける。
雇い主の医師オトゥール先生、建築業を営むエイドとその息子フランシス、パブで働く同僚エイミーとその同居人たち、ママ友ローザ、みんなサンドラの誠実でひたむきに生きる姿に共感を覚え、サンドラの協力してほしいという依頼を快く引き受けてくれる。
エイドは言う、これは「メハル」だと。
アイルランド古来の伝統、皆が助け合う精神を「メハル」というのだそうだ。いい言葉だ、と思った。

細かく見ていくと語りたいものがたくさんあるのだが、特にいいシーンだなと思ったところが二つある。
一つは、元夫との間で娘の親権を争う法廷に向かう時、サンドラの左目のあざを隠すコンシーラを拭い取り、サンドラはこうでなくては、と勇気づけるオトゥール先生改めペギー。どうやらこのあざはメイクではなく、サンドラを演じるクレア・ダンが生まれつき持っているもののようだ。実際、あざを隠さずに生きるということが、サンドラの、演じるクレアの強さを現している。
もう一つが元夫の母親、つまり元義母との会話。彼女はずっと、画面の隅で何かを言いたげにサンドラを見つめる姿が描かれていたが、ラスト近くでようやくその重い口を開く。正確に言えば彼女が思いを吐露しただけなので独白なのだが、長年抱えた苦しみを告げる口調が、忍耐の日々を思わせる疲れ切った姿と相まって痛々しい。
他にもオトゥール先生がどうして相談してくれなかったと詰め寄るシーンや、何度かの逡巡の後エイドが助力を引き受けてくれるシーンなど、語りたくなる場面の多い、良い映画だった。

そして、観終わって改めて考えてみた。「家」というのは、常に家族が安心して暮らせる場所なのだ。DVに遭い、逃げ出しても常に生活に追われ、家賃補助があってホテルで暮らしていてもずっと心が休まる場所ではなかったサンドラにとって、娘二人との安住の場を求める気持ち。わたしにはそういう経験がないから完全には理解ができないけれど、サンドラが家を求める気持ちは分かる。彼女たちが何にも邪魔されることなく安心して暮らしていけることを願ってやまない。

よしえ