劇場公開日 2021年10月1日

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「それぞれの短編に味があって、とても面白かった」DIVOC-12 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5それぞれの短編に味があって、とても面白かった

2021年10月7日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

「睡眠倶楽部のすすめ」
 前田敦子に合っている役だ。つまり無表情の主人公である。心の病気で入院している。妻思いの夫は、妻の衣類を洗濯して鞄に詰める。いつもの洗剤、またはいつもの柔軟剤。夫が届けてくれた鞄を開けると、衣類からいつもの匂いがする。少し安心。ロングのワンピースを着ると、何故か護られている気分になる。施設から出て、歩く。世の中様々。辛い人もいれば楽しそうな人もいる。それにアホもいる。主人公は少しだけ笑う。このときの前田敦子の表情がいい。何かに開眼したのだろうか。

「ココ」
 笠松将は性格の悪い役が多い気がする。好青年を演じればきっと共感されるはずだ。しかしこの作品でもひねくれた役だ。自分勝手で親を恨んでいる。親父みたいになりたくない。しかし状況が変わり、親父と同じ岐路に立つ。やっと少し親父を理解する。渡辺いっけいが優しい親父を上手に演じていた。

「海にそらごと」
 中村ゆりは相変わらず上手だ。脚本は王道である。誰が考えてもそうなるだろうというストーリーが、逆に新鮮だ。ひとつだけ「あんたのこと、可愛くなっちゃった」ではなく「あんたのこと、愛しくなっちゃった」のほうがよかったと思う。

「死霊軍団 怒りのDIY」
 清野菜名が生田斗真と結婚したのはアクション俳優同士だからなのだろうか。本作品での彼女のアクションを見る限り、体力の4要素である柔軟性、瞬発力、調整力、持久力が、いずれも素晴らしい。どんなスポーツでもそれなりの結果を出したと思うが、選んだのは女優。そこが清野菜名のいいところだ。店長の「時給上げるから助けてくれ」という台詞には笑った。

「タイクーン」
 金持ちのことである。漢字で大君と書くと「おおきみ」と読めるから大問題になる。ここはカタカナでタイクーンが正しい。焼売は上海料理だ。上海語が飛び交う。コロナ禍で20時閉店。現金で給料が渡される。一晩の贅沢。酒も女ももういい。ただひたすら寝たい。金持ちになるより分相応でいいみたいなラスト。悪くない。

「YEN」
 人の価値を勝手に決める。面白い。しかし人から勝手に価値を決められるのは面白くない。自分はいくらなのだ。普通なら生涯年収を考えて、自分は2億円とか3億円とか思う。しかしその分を使ってしまうわけだから、2億円マイナス2億円はゼロ円か、とも思う。生きている間、社会に迷惑をかけていればマイナス2億円。社会の役に立っていればもう少しマイナスが少なくなるかも。蒔田彩珠は達者だ。表情がとても上手い。

「流民」
 流民はジプシーかボヘミアンか。ほぼ石橋静河の一人芝居で、みんな同じ部屋だというホテルを流浪する。それぞれにあがいている人々。世界は鬱陶しい。火をつけてやろうかと思ったときに、繋がれた馬を見る。馬を放つ。同時に自分も解き放った。憎悪よりも自分の自由だ。つまらない場所からはどんどん逃げる。

「よろこびのうた Ode to Joy」
 富司純子がこんな役を演じるのかとちょっと驚いた。着物を着崩して、佇まいを落としているが、自然に湧き出す気品は隠しようがない。少し贅沢な短編だ。こんな上品な見舞客が来たら、何でも口にしてしまいそうだ。コロナ禍で困窮している年寄りに手を差し伸べようとしない冷酷な政治に対するアンチテーゼ。

「ユメミの半生」
 松本穂香が一生懸命で可愛い。波乱万丈と条件をつければ、想像力はどこまでも広がっていく。あなたは金星、私は火星、間にある地球で逢いましょう。待ち合わせは有楽町のティールーム。雨が降って濡れて来たあなたに、私はそっと小さな木綿のハンカチーフを差し出すの。あなたからもらった木綿のハンカチーフ。

「名もなき一篇・アンナ」
 中国人の恋人。美しい普通話(プトンファ)を話す。見た目も心も美しい。所々に哲学的な言葉を鏤める。流星くんに解ったのかどうか。一般とは逆に男が気持ちで話し、女が論理で話す。日本語と普通話。喪失感は何をもたらしてくれたのだろうか。

 それぞれの短編に味があって、とても面白かったし、優しい気持ちになれた。心が晴れ晴れとした気もする。とにかく観てよかった。

耶馬英彦