劇場公開日 2022年11月25日

「良かった!」ギレルモ・デル・トロのピノッキオ しをんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0良かった!

2022年12月19日
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人形が徐々に社会の理不尽さを学び自立していき、 本当の人間になるまでを描き、誠実に生きることの大切さが込められ、今日でも通用する普遍的な教育理念が多く詰まった作品 『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』。
悪趣味で奇怪なイマジネーションを、全く臆することなく具現化させ、魅惑の物語を成立させつつ、慣れ親しんだ童話をベースに、オリジナルの奇抜な解釈を付与させ、唯一無二の世界観を構築してきたという感じでした。また、 過酷を極める現実社会を幻想という名のベールで包み、 ゴシック調のホラーを漂わせながら、このうえない多幸感を丁度よく演出する能力にも長けていて、今作はその能力がピノッキオにバッチリハマっていた印象です。
19世紀を舞台にしていた原作とは異なり、時代を「国家ファシスト党」 が席巻する1930年代 (?) へと変更し、 木の人形にまつわる「死」と「不死」のテーマをダークに描き出していました。 木の人形であることを印象づける質感、生みの親も恐怖する不気味さ、それは怪獣やモンスターへの異様ともいえる愛情を持つギレルモだから出来た芸当。そして永久的に死ぬことがないという 利点と、時代を超えて生き続ける重荷を背負ってしまっていると いう過酷な運命にフォーカスし、 幾度となく現れる暗い死の世界 も相まって「死」 が強調されます。
ストップモーションというのもナイスな組み合わせで、 作画によ るアニメーションでは表現し難い “実体感"や、 実写的な温かみを 持つこの手法と、 生命のない人形が生命を得て動き出す「ピノッキオ」という題材と、強調された 「生死」がシンクロし、高い強度を持った映画に仕上がっていました。
“生きている”とは、何なのか。 生命は何のために生きようとするのか。それを「死」を強調することで逆説的に問い直すというのは、黒澤明監督の 『生きる』 を彷彿とさせます。 背景も1930年代近くになることで、ファシスト体制への批判的な視点も起動し、土壇場で自分の良心や、 本来の自分の考えを取り戻し、自身の生き方に誇りを持ち、自主性を持った選択をするドラマがより説得力を帯びている印象でした。
市民の人権を認めず、 国家主義によって反対する人々を弾圧して戦争に向かわせる独裁政治。 国家の目的と市民の目的を一体にさせようとする政治体制であるファシズム。 そこに個人の幸せはと も見いだせる状態ではないはずです。
だからこそ、善悪の問題や政治・信仰の問題を抜きに、 自分の持つ「良心」 や信仰心をもって“生”に意義を見出し、 自分が自分であることを認められ、 ありのままを愛される姿が感動的に見えました。人間ではない存在や、 差別される存在を、とりわけ深い愛情をもって描いてきたギレルモの愛情は、単にオタク的な嗜好だけでなく、彼らが抱える「悲しみ」 にも起因してるらしく、とりわけ日本の妖怪が文化に根付き、時に愛されるキャラとして描かれている美しさとパワーに影響を受けているようです。
故に何か得体の知れない、 奇怪な世界へ誘い込まれる喜びと恍惚感がありながら、 イノセンスと力強さ、 人間的な打算や葛藤とは無縁の率直さを感じ、心のなかで大拍手でした。
人間の「良心」をテーマにするだけではなく、それに連なる、生きることの意味や、 自分が自分らしくあることの意味を、 深い部分で描き出すことになった本作の試みに強く感動しました。以上!

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しをん