劇場公開日 2021年2月27日

  • 予告編を見る

「「本作を観ること=実験への参加」との妄想さえ抱かせる異様な体験」DAU. ナターシャ 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「本作を観ること=実験への参加」との妄想さえ抱かせる異様な体験

2021年8月10日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

怖い

知的

映画史上並ぶもののない、常軌を逸した規模の実験的プロジェクトから生まれた作品群の第1弾だ。歴史上最も壮大な実験国家であった20世紀のソビエト連邦の社会を再現するため、15年の歳月をかけ、1万2000平米(東京ドームのグラウンド面積より少し狭いくらい)に秘密研究都市のセットを建設。ここで約2年間実際に生活したキャストらもいたそうで、3年以上にわたって撮影された700時間におよぶ映像から13本の長編映画が作られた。もはや単なる映画プロジェクトというより、独裁国家における権力構造や人々の心理状態を特別に作られた環境で再現しようと試みる、政治学や社会心理学などの学際的な研究に映画表現を組み合わせた破格の大実験と言えそうだ。

ただし本作「DAU. ナターシャ」は、研究所に併設された食堂で働く店員ナターシャを主人公に、意外なほど小さなスケールで構成されている。一緒に店で働く若いウェイトレスとのやり取り、訪れたフランス人科学者との情事、そしてKGB職員からの厳しい追及。ナターシャと愛人との情熱的な夜の営みや、彼女が受ける性的暴行を含む拷問を、冷ややかに観察するようなカメラワークでとらえた映像を目にするとき、観客もまた壮大な実験の一部になっているのではないかと錯覚してしまう。今後公開される作品も加えた「DAU」シリーズへの、評価や拒絶も含めたさまざまな反応が、プロジェクトの背後にいる人々によって収集され、研究データとして蓄積されていくのでは…といった妄想だ。

娯楽性に乏しく、万人受けする映画ではない。それでも、史上例のない壮大なプロジェクトから生まれた作品群を目撃する意義は確かにあり、ほかでは得がたい鑑賞体験になるのは間違いない。

高森 郁哉