劇場公開日 2021年2月27日

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DAU. ナターシャ : 特集

2021年8月6日更新

“ソ連全体主義”の社会を完全再現、
狂気の実験プロジェクトの1エピソード。
人間の恐ろしさを突き付ける139分。

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“ソ連全体主義”の独裁政権による圧政の実態と、その圧倒的な力に翻弄されながらも逞しく生きる人々を描くため、オーディション人数約40万人、衣装4万着、1万2000平方メートルのセット、主要キャスト400人、エキストラ1万人、撮影期間40カ月、莫大な費用と15年の歳月をかけ、当時のソ連の秘密研究都市を徹底的に再現。

キャストたちは再建された都市で約2年間実際に生活したという、“狂気のプロジェクト”の映画化第1弾です。2020年・第70回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞していますが、R18+指定の過激な性描写や拷問シーンもあり、賛否が分かれる本作の見どころを、作品選定メンバーが語り合いました。


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「DAU. ナターシャ」(2020年/イリヤ・フルジャノフスキー、エカテリーナ・エルテリ監督/139分/R18+/ドイツ・ウクライナ・イギリス・ロシア合作)

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<あらすじ>

ソ連某地にある秘密研究所では、科学者たちが軍事目的の研究を続けていた。施設に併設された食堂で働くウェイトレスのナターシャは、研究所に滞在するフランス人科学者リュックと惹かれ合う。しかし彼女は当局にスパイ容疑をかけられ、KGB職員から厳しく追及される。


座談会参加メンバー

駒井尚文(映画.com編集長)、和田隆、荒木理絵、今田カミーユ


和田 これまで見たことがないくらい、異常な緊張感が画面から伝わってきましたが、皆さんはこの映画をどのように捉えましたか?

駒井編集長 これはとんでもない問題作ですね。私は「カリギュラ」とかヤコペッティの作品を思い出しながら見てました。

荒木 見る前に設定資料を読んで、ヤバい作品だと心して見ましたが予想を上回る衝撃を受けました……。

今田 セリフなどはほぼアドリブなんですよね。私は特に後半が恐ろしかったです。

荒木 脚本でどこまで作ったんだろうって気になりました。劇中の出来事が本物すぎて……。


●ポイント①:本当に現実か? 常識はずれの“狂気的実験”作品

駒井編集長 出演者はプロの役者さんなんですか?

和田 オーディション人数はなんと約40万人で、主要キャストは400人、エキストラは1万人で、ソ連の秘密研究都市を徹底的に再現したということです。

駒井編集長 まあでも、今作はスケール感はなかったですよね。密室数カ所だけで展開するミニマルな感じの映画です。

和田 そうですね、今作はプロジェクトのほんの一部のようです。キャストたちは当時のままに再建された都市で約2年間にわたって実際に生活したとのこと。

荒木 アート作品みたいな謎の実験室も出てきますが、怖いくらい会話がリアルなんですよね。リアルなのにとんでもない方向に物語が進んでいく……。後半の拷問シーンは震えました。

今田 副題にもなっている主人公のウェイトレス、ナターシャのキャラの強さがすごいですよね。

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駒井編集長 ナターシャ、案外カワいかったです。

和田 彼女はオーディションで選ばれています。

駒井編集長 オーディションでは、あそこまでの激しいシーンが含まれてるって分かっていたのですかね? 気になります。

今田 愛を求めるソビエトの美熟女と(孫正義さんのツイートで注目を集めた)西側の“セクシーなハゲ”博士の、つかの間の恋から、ああいう展開となるのが恐ろしいことですよ……。

駒井編集長 ハゲ博士がね、フランス人だっていう設定が素晴らしいですよね。ベタで。

今田 ですね(笑)。そして実際に飲酒もしていたようですね。出演者のあの乱れっぷりはすごいです。

駒井編集長 やはり。酔ってゲロ吐いてが、めっちゃリアルで……。ロシア人の酒の飲み方半端ないよって。

和田 レストランで働くナターシャの若い同僚オーリャへのいびりもすごいww

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●ポイント②:普通の映画とは違うカメラワーク、美術、空気感 映し出すは「人間の本性」

駒井編集長 思い出せば思い出すほど、とんでもない代物ですね。この映画。しかも、ワンカメでずーっと長回しだから、映画というよりは舞台を見ている感じ。

和田 生の舞台にカメラが入り込んだ感覚ですね。

今田 当時のソ連でピラミッドパワーみたいなものを本当に真面目に研究していたのかも気になりました。

駒井編集長 あの三角の装置。めっちゃ怪しかったですね。私は放射能系かと思いましたが、ピラミッドパワーだったのか。

荒木 ピラミッドパワー、謎ですよね。カッチリした映画には出てこないであろう些細な会話の雰囲気、良いですよね~。

駒井編集長 しかし、ソ連映画は面白いですよね。西側と全然違うけど、まあまあ高度な科学技術があって、芸術のレベルも高い。だけど、退廃していたり、腐敗していたり。

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今田 今作は、暴力的なポルノだとの非難の声も上がったそうです。監督はインタビューで「我々は人間の本性について学んでいるのです」と言っていますが。

駒井編集長 芸術か、ポルノかって言ったら、間違いなく芸術なんだけど、R18+なのは見れば分かりますね。現代のコンプライアンス感覚ではアウトに近い。

荒木 作り上げられた「状況」の力なのか、人間は本質的に堕落していくものなのか……。いろいろ考えるとドンヨリしますね……。

今田 ナターシャを尋問する男は本当に元KGB職員だそうですしね。あの場面、演技だとはいえ、人間の底知れない残酷さと恐ろしさを感じました。

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和田 本物のオーラと迫力を醸し出していました。作られた世界か、リアルな世界か、後から情報を得ると、さらに境界線がわからなくなります。


●ポイント③:衝撃シーンの釣瓶撃ち

今田 みなさんの、一番衝撃的だった場面はどこですか?

荒木 やはり、あのリアルすぎる拷問シーンは衝撃でした。本職しか出せないであろう気迫……、フィクションなのかドキュメンタリーなのか、すごく不安になります。ある意味究極のホラーです。

和田 私もやはり尋問のシーンですね……。する側とされる側の人間の二面性と、相手をコントロールしようとする様が恐ろしい!

今田 私は中年のナターシャと若い同僚オーリャとの即興の会話や愛憎関係が、想像のつかないリアルさがあって面白かったです。あっけらかんと恋バナして泥酔しながら「誰とも違う人生を歩んでね」と、オーリャに素敵なアドバイスをしたと思ったら、互いに容姿を貶したり、「心底嫌い」と罵り合ったり……。一体仲がいいのか悪いのか(笑)。

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駒井編集長 私は、ナターシャのベッドシーンですね。結構長かったね。「これ、見たいか?」「見たくないヤツじゃないか?」って自問しながら見ていました。中学生の時の自分に見せて感想を聞きたいです。R18+だけど。

荒木 そして、監督のフィルモグラフィーが「DAU」シリーズで埋め尽くされているのも怖いです! 一体このプロジェクトはどこに着地するのか……。日本で公開される次作は「DAU.退行」で、なんと6時間の長編です。


●ポイント④:とにかくこの“プロジェクト”のヤバさがとてつもない

駒井編集長 「DAU. 退行」では、主要キャスト400人とか撮影期間40カ月とかのスケール感が発揮されるのでしょうか。

和田 未見ですが、前作から10年以上が経過した1960年代後半が舞台で、断片的にしか描かれなかった秘密研究所の内部で複雑な人間模様が繰り広げられるとのこと。でも6時間って……。

今田 しかし、この激ヤバプロジェクトに出資する人たちもすごいですよね。

駒井編集長 こんな実験映画みたいなの見るといつも抱く疑問ですが、「どうやって資金調達してんだろ」って思いますよね。絶対に製作費回収できないだろって思うんですよ。すごいパトロンがいるのかもな。ロシアのオルガリヒとかで。

和田 よくこのような企画が通り、製作されましたよね。いったいいくらかかっているのか……。

駒井編集長 ロシアでは上映できない内容だと思いましたね。どうなんだろう。いずれにしても、製作にいたる過程に興味がありますね。

今田 以前オスカー外国語映画賞にノミネートされた、あるロシア人カップルの生活をリアルに描いた作品「ラブレス」の監督に話を聞いたら、「ロシアでアカデミー賞は全く名誉にならない」と言ってました。これも上映されないでしょうね。

駒井編集長 意外に検閲が厳しいんだよね。ロシアって未だに。自国で上映されないのに、こんなすごいシロモノが出てくるところはすごいとしか。IMDBによれば「DAU」映画だけで12本ありますね。TVシリーズ、ミニシリーズがその他に4本。

和田 このプロジェクトには、ウィレム・デフォーやシャーロット・ランプリング、ロシアの作家、ウラジーミル・ソローキンなども参加しているとのことで、どこで出てくるか楽しみです。

今田 ナターシャがその後のシリーズでどのようになるのか気になります。

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駒井編集長 ところで「DAU.」ってどういう意味だか分かります? 何かの略かな。

和田 「DAU.」とは1962年にノーベル物理学賞を受賞したロシアの物理学者のレフ・ランダウからとられているとのことです。

駒井編集長 なるほど。「ランダウ」の「ダウ」なんだ。Wikipediaで調べたら、アゼルバイジャン出身のユダヤ系ですね。ある種のマッド・サイエンティストではないかと予想します。自由主義恋愛者で、愛人がたくさんいたって書いてあります。

今田 楽しい話ではないですが、一度見たら頭に焼き付いて離れない、忘れられない体験になりますね。今の日本にはなじみの薄いソ連の出来事も気になりますし、こんな映画があっていいのか?という問いも生まれます。参加者がこのプロジェクトをどのように捉えて、回想しているのかなども知りたくなりますね。

駒井編集長 全部は見たくないけど、あと2~3本は見てみるつもりです。「DAU.」シリーズ。

荒木 ある種のマインドコントロールですよねぇ、これ。いろんな意味で怖い映画です……。

駒井編集長 「DAU. 退行」も映画館で是非。369分。「DAU. ナターシャ」は139分です。

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