劇場公開日 2021年4月9日

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「下北沢の大らかさに包まれた人たち」街の上で Koheiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5下北沢の大らかさに包まれた人たち

2021年4月13日
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鑑賞方法:映画館

この作品の予告編も何度か目にしていて、必ずや観に行こうと決めていた。東京・下北沢という「街」を舞台に繰り広げられる、一人の男と四人の女とその周辺の物語である。古着屋、古本屋、自主製作映画といった、サブカルチャーを絵に描いたような場が舞台となる。監督・脚本は「愛がなんだ」で一躍注目を集めた、今泉力哉である。何度か予告編を目にして興味を持ったことはたしかだったが、今泉作品に触れるのは初めてである。また、前もって彼の作品に関する評判をよくよく聞いていなかった。それゆえに、見栄えの良いサブカルチャーの題材を切り貼りし、ストーリーが判然としない「何が伝えたいのかわからない」作品であったらどうしようかと半ば不安もあった。しかし、それは杞憂であった。それにしても、今年観た作品の中に、未だ「はずれ」といえるものがないのは幸いである。

主人公は、荒川青(若葉竜也)。古着屋で働いていて、それなりに接客するが、暇があればボーッと本を読んでいる。「佇んでいる」のがうまい。「佇んでいる」姿が妙に映える。恐らくは、本人にそういうつもりはない。そこがまた良い。そして、彼を取り巻く四人の女が登場する。一人目は、川瀬雪(穂志もえか)。の下北沢で何をやっているのかわからないが、ただわかっていることは、青の恋人「であった」ということである。浮気をして、青に別れを請う。二人目は、田辺冬子(古川琴音)。古本屋で働いていて、青の知り合いである。三人目は、高橋町子(萩原みのり)。青に自らが監督を務める自主製作映画への出演を依頼する。青の古着屋にはよく通っているという。四人目は、城定(じょうじょう)イハ(中田青渚)。町子の自主製作映画で衣装係を務める(それにしても、昨年から今年にかけて、若葉竜也と古川琴音の活躍はめざましい)。これほどの女性たちを引き寄せるのは、青の佇まいがそうさせているのだろう。これといった魅力を挙げるのならば、やはり「佇んでいる」のがうまいというのが一番だろう。特にこれといった強みがあるわけでもない彼の長所は「佇まい」であるといって過言ではない。

青は、雪に「別れたい」と告げられたのちに、町子から自主製作映画への出演を依頼される。そこから「街」の物語が産声を上げる。下北沢という小さな街の中で、小さな物語が動いていくのである。これといったヒーローは登場しないし、それに、これといった悪者も登場しない。小さな街の人間模様が穏やかに描かれていく。サブカルチャーに関心のある人々には心地の良さを感じさせる。そうでない人々にとっては、決して刺激が多い作品ではない。きちんと楽しませてくれる。というのも、青は、いざ話してみると少しズレている。それに呼応するかのように、四人の女他周辺の人々も、随所で空回り感を醸し出す。心の中で「え?」とか「は?」とか言ってしまうようなことを言ったりしたりするから、こちらは穏やかな雰囲気に呑まれて居眠りをしてしまうようなことはない。彼ら彼女らには下北沢で生きているがゆえに既成概念にとらわれない独特の大らかさが備わっているのだろう。普段私たちが生きている世知辛い現実世界とは一線を画した世界であることはたしかである。「この世界に入りたい」と思う人がいると聞いたが、鑑賞した後ならその気持ちがよくわかる。

Kohei