劇場公開日 2019年10月25日

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「ウィル・スミスの魅力で楽しめる」ジェミニマン 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5ウィル・スミスの魅力で楽しめる

2019年11月9日
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鑑賞方法:映画館

 DIA(米国防情報局)という組織の存在は、アメリカの作家ロバート・ラドラムやトム・クランシーの小説で初めて知った。ペンタゴンの下部組織だが軍人よりも文民が多くて、職員が3万人いるCIAと同様に過半数が事務職で、人数割合としては少ない方の現場職が実力行使の仕事を担当する。CIAの場合は現場職をエージェントと呼ぶが、DIAでは普通に軍人だ。中には女性の軍人もいて、本作品でメアリー・ウィンステッドが演じたダニーがそれに当たる。
 見たことのある女優さんだなと思っていたが、数年前に観た「10クローバーフィールドレーン」の主演女優だった。SF調のサスペンス映画で、支配する側とされる側の力関係の変化や心理的な駆け引きなどが稠密に展開して、目を離せなかった作品だったと記憶している。
 本作品のダニーはDIAでも軍人の方の職員の役で、ウィル・スミス演じる主人公ヘンリーと行動を共にしつつ、訓練された戦闘力と演技力で敵を倒したり騙したりして主人公を助ける。
 ウィル・スミスは心に傷や矛盾を抱える複雑な人格を演じるのが得意な俳優で、この人が演じると単細胞の軍人も奥深い思索家に見えてくる。本作品のヘンリーは秘密作戦で沢山の人間を殺した人格破綻の軍人である筈だが、ウィル・スミスの表情には自分自身を飄々と客観視しているようなところがあって、PTSDに陥ることなく平静に生きている雰囲気を醸し出す。観客にとっては否応なしに感情移入してしまうキャラクターである。どんな役柄でも観客を引き込んでしまうのがウィル・スミスの稀有な魅力で、本作品もウィル・スミスでなかったら面白さが半減していただろう。

 本作品では人造人間のアイデンティティの問題が出てくるが、既に語り尽くされている感がある。議論はどこまでも仮定の話であり、実際に人造人間が登場したら、まったく考えもしなかった事態が発生すると予想される。仮定の議論にあまり意味はないのだ。そこで本作品は、アイデンティティの問題を追及することなく、プラグマティックな対応を考える方向に向かう。
 DIAはアメリカの権力組織で実力行使を伴う活動をしている訳だから、組織の存在の是非や権力そのものの是非について、もう少し掘り下げがあってもよかったが、ハリウッドのB級娯楽作品としてはよくまとまっている。残るものは何もないが、それなりに楽しめる作品だと思う。

耶馬英彦