劇場公開日 2019年4月27日

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「男は外へ出ると百人の敵」パパは奮闘中! きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0男は外へ出ると百人の敵

2020年9月25日
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鑑賞方法:DVD/BD

「ミセスダウト」の類いだと思っていたので・・鑑賞後しばし重たい気持ちになった。
シリアスで。

僕のかつての妻は言ったものだ
「今の仕事になってからあなたは怖くなった」。
流通業に携わっています。画面見ながら思い当たることしきり。

オリヴィエとクレールと二人の子どもたちの物語。
あまりにも忙しい。
ましてや中間管理職だとなおさら。
声のトーンもきつく、大声に。そして問題解決を急ぐあまり話す言葉も早口になる。

僕の働く現場も同じだ、
効率化が叫ばれ、早足・駆け足が求められ、そして脚がもつれて転んだ者を人事課は見ている。リストラの影がちらつく。
・・荷主の人事担当者が黒い手帳を開いて毎日我々をひとりずつ、ひとりずつ、ずっと上から監視している。

( ⇔ 妻クレールは、女友達のブティックで働いていたが、文字通り生き馬の眼を抜く現場で稼いでいる夫のこんな修羅場とか分かっていたのだろうかなぁ・・)。

夫婦の関係はよく演出されていた、
夫オリヴィエは早出の朝、妻の“最後のコーヒー”をせかせかと受け取り、冷ますためにミルクを入れる、「濃くて美味しいよ」ととりなしは忘れずに言えたがバナナは「いらないッ」と むげに断る。
その日の予定と、(どんくさい、けれど大切な)部下の解雇通告の件で出勤前のオリヴィエの頭はいっぱいいっぱいなのだ。

物言いたげな妻を台所に残して出て行ってしまう。
この男は、間を取ってのゆったりした会話が不得手だ。警官とも、上司とも、妻の同僚や応援に来てくれた母親とも、相手の心を受け取りながらの会話が出来ない。言葉がかぶる。
(演技ホント上手!)。

妻の発病と家出は、もちろん本人の資質もあるから全部が全部オリヴィエのせいであるとは言えない。
でも忙し過ぎたのだ。

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僕の知人の法律家の話だが、
彼のクライアントは相談料も払えない病人や破産者ばかり。よそで断られてきた困窮者が口コミや福祉事務所の紹介で連日列をなしている。受け付けを断ればクライアントが呆気なく命を絶ってしまうことを知っている。だから彼は寝ていない。

その彼は、実は、帰宅前に必ず小一時間、車で走るのだ。そうやって仕事中の荒れた気持ちを収束させ、そうして家で待つ妻にケンの立った表情を見せないように、切羽詰まった語感で妻を傷つけないように、法律家の彼は自分をドライブで必要なだけ疲労させてから、玄関のドアを開けている。
「神経を麻痺させているのさ」と言っていた。
妻との夕食は必ず帰宅して守る。しかし妻が寝てから彼は家を抜け出し0時から明け方4時まで彼は事務所に戻る。
で、そうっと夜明け前けに帰宅し睡眠。妻と一緒に起床して朝食は共に守る。
職場の課題が大きいほど男は崖っぷちなのだ。

ゆとりが無いのはいけないね。
世の中に「オリヴィエ」はたくさんいる。壊れる寸前、本人のバーンアウト寸前で。

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【二組の兄妹、その①】
兄オリヴィエと妹ベティー。

組合仲間の女性と「セックス会議」をして帰宅した兄を妹ベティーが台所で迎え打つシーンが大好き。
病気の妻が失踪して、子供の世話が限界で、それで妹に助けに来てもらっているというのに、心が折れて他の女の体に逃げて逃げてしまった、そんな兄の帰宅。
“浮気”をズバリ言い当てられたあそこ。なんて素敵な妹からの問いかけだろう、
全部のしがらみからいっとき解き放たれて「素の兄ちゃんと妹」の表情に戻る二人。その支え合いが珠玉なんだなー!

台所での二人の会話、
「大したことでは」
「少しぐらいハメを外したって大丈夫よ」
「良かった?まさかダメだった?」
・・二人の表情がどんどん変わる。
こんなに肉親を有り難く思えるシーンはそうない。
ここ是非ともしっかり見てもらいたい。

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【二組の兄妹、その②】
兄エリオットと妹ローズ。

お母さんが行方不明で失語症とおねしょの始まった妹ローズのためにお兄ちゃんがお母さんを捜しに行く。

それぞれ家庭の事情を薄々感じ、両親の脆さ(もろさ)を実はよく見て育ってきたあの子どもたちは、不安定な夫婦関係よりもずっと近い兄妹の同類項で支えあっているかも。

二組の兄妹の物語ですね。

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結局、
パパは仕事と家庭の両立を捨てる。
仕事と家庭の両立は無理だったのです。

子育て、夫婦関係、労使問題と様々なテーマが渦巻いていて動悸が止まりませんでした。

彼らの旅立ちがハッピーエンドになりますように!

【主演ロマン・デュリス】は「ガッジョディーロ」以来気になっている俳優さん。
あのナイーブでユニークなデュリスの良さが、エンディングのスプレーペンキのシーンに出ていて嬉しかった。

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付記 2020.9.27.

男性の(家庭をないがしろにしての)重労働をあるべき姿ではないと評し、それを資本主義の行き過ぎた搾取の姿だと批判するレビューは多い。そこに陥っていく男たちを嘆く声もたくさん聞く。

しかし、
僕もそれに反対するものではないが、この点については確認しておきたい、
つまり、
男は太古より女子供を家に残して、命がけで獲物を獲得し妻子の元へ食糧を持ち帰るという生き方をしてきた。
その衝動と達成感、そして義務感と喜びは、資本家・雇用主から強制された世の仕組みとしてではなく、男の存在の源に“本能”として生まれながらに備わっている行動=生物としての特質なのだ。

家族が大切であればあるほど、男は命を賭けて(過労死さえ喜んで)獲物を探しに家を出る。
マンモスを捕らえるためにアウストラロピテクスが狩りをした本能が、数万年前から現代に至るまで、男の中には厳然として息づいているのだ。
この男特有の内なる要請については妻も夫本人も知っておくべき事、忘れてはいけない人間の基本の姿だと僕は考えている。

女子供が大切であればあるほど男は女たちの知らない理由により、家をあけるのだ。。

きりん
NOBUさんのコメント
2020年9月27日

おはようございます。
 ”ゆとりが無いのはいけないね。”
 どんなに仕事が忙しくても、口角を上げて、心の中だけでも、ゆとりを持って過ごしたいですね。
 知人の法律家の方の話、身に沁みます。
 では、又。

NOBU
きりんさんのコメント
2020年9月27日

グレシャムさんコメントありがとうございます。

男⇔女。
ステレオタイプに分けて自己規定してしまうのではなく、自分の本能、自分のキャラクター、自分の好みを自覚してそこに合致した場に出ていくのがベターでしょうね。
男スタイルで働かされることになった女性たちは、やはりおっしゃるようにどこか生理的に無理をして壊れていく人もあるのだろうなぁと察します。

男的なものと女的なものは個個人で百人百様ですし、グラデーションだと思うので。ちょうど良いあたりを自分で選ぶべきだった。
だから、
自分を知らずに世のお仕着せにぶち当たると女も男も苦しいはずです。

なお、先の付記では触れませんでしたが、我々ヒトを含む霊長類・類人猿は、すべからくメスたちはメス同士で集まってそのメスの群れの中で子育てをします。
ヒトだけが「核家族」という自然界ではあり得ない不自然な家庭を作っている、そのことが現代の家庭崩壊や子殺しという結末を招いている向きも必ずあると思います。

なんとかしなければ。人間が原初の姿に戻るべきなら“退行”も辞さないで僕らは自然の呼び声に応えるべきなのかもしれません。

きりん
グレシャムの法則さんのコメント
2020年9月27日

付記について。逆の側面として、女性の社会進出が増え、男と同じ土俵で競争する環境に置かれた時(個人差は別として)どこか本能的、或いは生理的に無理が生じることもある、ということも言えそうです。人知れず、或いは人には相談できない苦悩(自分で選んだ道だろうと言われそう)を抱えている女性も多いのかもしれません。そもそも、未婚率が増えて〝家庭〟という環境を経験することがないために、本来的な能力が埋もれたまま、という方が増えたことも社会のイライラ、ギスギスの一因かも、ですね。

グレシャムの法則