劇場公開日 2019年3月9日

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「ヨギーの言葉に唯一の救い」たちあがる女 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5ヨギーの言葉に唯一の救い

2019年3月22日
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鑑賞方法:映画館

知的

 49歳176センチの女丈夫の主人公ハットラの部屋には、マハトマ・ガンディーの写真が飾られている。もうひとりは南アフリカのマンデラ大統領だろうか。
 マハトマ・ガンディーは日本では無抵抗主義と呼ばれる非暴力不服従を唱えてインドの独立運動を率いた。昨年度のアカデミー作品賞の「グリーンブック」の黒人ピアニストが「暴力は敗北だ」と諭していたのを思い出す。ピアニストは絶対に暴力を振るわず小さな違法行為も許さない、遵法精神に溢れた紳士だったが、本作品のハットラは少し考え方が異なる。
 ガンディーを尊敬し、ヨガも実践している割には破壊行為に精を出す。ハットラの自己正当化は、アルミニウム工場を標的にしている限り、一般の人々には迷惑をかけていないという理屈である。しかし彼女の行為がテロであることは間違いない。
 他者の身体や財産に害を与える行為は共同体の崩壊に繋がるから、すべての共同体で罰則の対象として禁じられている。しかし共同体の権力者には、破壊行為を行なっても罰則が適用されることはない。県民投票で反対多数となっても平気で辺野古の埋め立てを続ける日本政府などがその典型だ。
 ハットラには権力と癒着した大企業の行為が我慢ならない。そして人間に対する諦観がないから、怒りに身をまかせた行動に出てしまう。人がテロ行為に走る理由は、生に執着し、帰属意識を持ち、自分なりの世界観による被害者意識を持つからである。被害者意識を除けば、政治家や実業家と同じで、ある意味で建設的だ。人間なんてこんなもの、世界は腐りきっていて手の施しようがないと思っている人間は、テロ行為も無駄であると知っている。
 世界を建設し、一方で世界を破壊するのは、どちらも欲望に忠実で自分の権利ばかりを主張する人間たちだ。自分勝手な価値観を他人に強制し、暴力を使って服従させようとする点では、テロリストも圧政者も変わらない。優しさは世界の片隅に追いやられようとしている。聖書には「汝の敵を愛し、迫害する者のために祈れ」と書かれている。寛容と優しさには、暴力行為よりもはるかに大きな覚悟を必要とするのだ。

 アイスランドの厳しい自然を美しいと呼ぶのは簡単だが、安全で衛生的で快適な都市の暮らしは捨てがたいし、町並みを見て美しいと言う人もいる。自然を守ることが正しいとされるなら、自然を切り開いて建設された都市はすべて正しくないはずではないか。しかし人は自然も美しいと言い、町並みも美しいと言う。自然は観光資源になるから美しいと言い、都市は便利で住みやすいから美しいと言うのだとすれば、人間のご都合主義以外のなにものでもないだろう。そしてそういうご都合主義は世界中に蔓延している。星空も夜景も両方とも美しいと思うのは、歴史的な刷り込みかもしれないのだ。夜景のどこが美しいのかを考えたとき、明快に説明できる人はいるのだろうか。すべての価値観は絶対ではなく、相対的なのだ。

 本作品は、ヨーロッパのヒステリックな現状を直接的かつ具体的な映像で伝えてくれる。環境破壊は問題だが、人間に都会の快適さを捨て去る覚悟があるのか。その快適な生活を維持するための経済活動が環境を破壊する。そして人々は環境ではなく自分の暮らしを守ることを最優先する。なんとも八方塞がりで気が滅入る作品である。唯一の救いはヨギーの最後の言葉にあると思うのだが、それは鑑賞後に各位でご判断されたい。

 映画製作の手法としては、音楽が直接映像に入り込んでいるやり方は初めて観た。斬新で、面白い。登場人物が微妙にそれを意識しているところも愉快である。

耶馬英彦