劇場公開日 2019年6月1日

「主人公の生き方に感動する」二宮金次郎 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0主人公の生き方に感動する

2019年6月3日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

知的

幸せ

 最近の小学校にはないのかもしれないが、昔の小学校には大抵校庭の隅に薪を背負った二宮金次郎少年の像があった。しかし小学校時代をどんなに思い返しても、その像の人物について説明を受けた記憶はない。二宮金次郎の歌も知らなかった。本作品で金次郎(尊徳)の人となりをはじめて知ることができた。

「できる人」という言葉は日常でもよく使う。大抵の場合は仕事ができる人のことを言う。しかしそれよりもワンランク上の言葉として「できた人」という言葉がある。この言葉はめったに使わない。日常生活でなかなかそういう人に逢わないからだ。そして「できた人」とは二宮金次郎のような人を言うのだと思う。

 合田雅吏という俳優はこれといって記憶になかったが、体格もあるし、とてもいい演技をする。田中美里はテレビドラマでしか見たことがなかったが、本作品の演技は心に残る名演技であった。柳沢慎吾は流石にやさぐれた役がよく似合う。綿引勝彦は押し出しがあって時代劇でも顔役がぴったりはまっていた。
 俳優陣は総じてかなりの迫力で演じていて、映像に鬼気迫るものがあった。それは主役の合田雅吏の並々ならぬ思い入れが伝搬したからだと思う。二宮金次郎という人がどのように生きたか、みんなでそれを伝えようとする気持ちが感じられた。
 主人公があまりに真面目なので、観ているうちに息が詰まってくる。そこにお笑いのカミナリを登場させて和ませるあたりは心憎い演出である。ここで一旦息が入り、再び金次郎の物語に浸ることができる。
 物語の中で金次郎はたくさんの名言を残すが、最も印象に残ったのは、「絶対の善人も絶対の悪人もいない」という言葉だ。成田山新勝寺での断食の行で悟った真理である。親鸞の悪人正機説にも通じる考え方でもあるが、キリスト教の「汝の敵を愛し、迫害する者のために祈れ」という教えにも通じる。実際に金次郎は祈るだけではなく迫害する者のために施しさえする。もはや聖人である。正直で素直な村人たちがそれを悟らないはずはなく、彼らは金次郎の信徒となる。
 人間はかくも優しく寛容になれるものかと、その生き方に感動する主人公であった。おそらく役者陣も同じように感動し、その感動を演技に昇華させたのであろう。とても美しい、立派な作品に仕上がった。演者と製作者に拍手を送りたい。

 初めて訪れた東京都写真美術館だが、施設はとても綺麗でホールの椅子の座り心地もよかった。リニューアルオープンからまだ3年目だそうで、綺麗なのは当たり前かもしれないが、職員は公立の割に横柄ではなく、丁寧に対応してくれた。並んでいる客は殆どが年配の人ばかりだったが、中には子供連れの母親もいて、こういう映画を子供に見せる意識の高い親もいるのだと感心した。本作は必ずや子供にいい影響を与えるだろうし、影響を受けた子供は必ずやいい人間に育つに違いない。

耶馬英彦