劇場公開日 2019年12月20日

ブレッドウィナー : 映画評論・批評

2019年12月17日更新

2019年12月20日よりYEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー

過酷な現実を乗り越える物語の力

人はなぜ物語を必要とするのだろうか。歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは著書「サピエンス全史」で、人類を地球の支配者たらしめた原動力となったのは、虚構を信じる力にあったと説いた。例えば、勇敢に戦えばヴァルハラに行けると思って死にに行けるのは人間だけ。そこにないものを信じる力はあらゆる文明を発展させる原動力となってきた。実現するのかわからない将来の夢に向かって努力できるのも、そんな虚構を信じる力の産物である。

本作は、タリバン政権下に生きる少女とその家族の苦難を描く。タリバン政権の信じる虚構は人々にとってあまりにも辛く厳しい現実を生み出している。口答えしただけで鞭で打たれ投獄される。女性は全身をヒジャブで覆い、単独で外出しただけで罪となる。戦えない人間は射殺される。

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そんな過酷さに対抗するにも物語が必要だ。主人公の少女は物語を語ることを得意としている。それは幼い弟を喜ばせ、自身も奮い立たせる原動力となる。一家の大黒柱の父が逮捕されてしまい、女と小さな弟だけが残された一家を救うために、少女は男装して少年になることを決意する。虚構は人を残酷にもするが勇敢にもするのだ。

女性の自由が著しく制限されるアフガンでは娘を息子として育てる「バチャ・ポシュ」という風習がある。イラン映画「オフサイド・ガールズ」は、サッカー観戦を禁じられている少女たちが男装してスタジアムに潜り込む姿を描いている。本作にも長年男装している同級生が登場するが、彼女たちは決して珍しくないのだ。

少女の語る冒険物語の少年のように、彼女は少年となることで初めて一人で外出、労働、買い物できる自由を手に入れる。それは彼女にとって冒険である。そして、その冒険の最大のクエストは囚われた父を救うこと。そのために奮闘する彼女は、彼女自身が語る物語の少年と自分を重ねてゆき、困難に立ち向かう。そんな物語の本作もまた、世界中の人々に生きる勇気を与えるに違いない。

杉本穂高

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