劇場公開日 2019年7月20日

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「カペナウム」存在のない子供たち 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0カペナウム

2024年2月24日
PCから投稿

あらためてみると演出は冷静だった。裁判所で陳述がなされた後に、その成り行きがフラッシュバックのように描かれる。証言と過程が羅生門のようにセットで進行していく。

さいしょの両親の陳述の時には、既にすべてが済んだあとで、ゼインはじぶんを産んだことを咎めて両親を訴えている。

そこから倒叙でゼインの暮らしが描かれる。
木の銃で戦争ごっこをやりタバコをふかす。家主のアサドの仕事を手伝って家計を助ける。鎮痛剤のトラマドール塩酸塩をつぶして溶かした液を服に染みこませて刑務所の麻薬中毒者に売る。11歳の最愛の妹サハルがアサドに売られたことが不服で家を出る。遊園地でエチオピアからの不法労働者ラヒルに会い、幼い息子ヨナスの子守をするかたちで同居するがラヒルは当局に収監されてしまう。しばしトラマドール溶液を売ってしのいだがバラックを閉め出され、にっちもさっちもいかなくなって移住と引き換えにヨナスを移民ブローカーのアスプロに売る。帰宅してサハルの死を知る。婚姻してすぐペドフィリアのアサドに妊娠させられ大量出血して亡くなっていた。衝動的に包丁を持ち出しアサドを切りつけ刑務所へ送致される。ゼインは刑務所からテレビ番組に電話をかける。

『両親を訴えたい。大人達に聞いてほしい。世話できないなら生むな。僕の思い出はけなされたことやホースやベルトで叩かれたことだけ。いちばん優しい言葉は「出て行けクソガキ」。ひどい暮らしだよ、なんの価値もない。僕は地獄で生きている。丸焼きチキンみたいだ。最低の人生だ。みんなに好かれて尊敬されるような立派な人になりたかった。でも神様の望みは僕らがボロ雑巾でいることなんだ。』

本作は衝撃的内容によって名作になったというより技術と構成によって観る者の心を深くえぐる映画になった。叙情を抑えて叙事につとめた。冷静だった。

ロケの臨場感にこだわっていて街ではけっこうなカメラ目線があつまるのがわかった。ヨナスのベビーカーはスケートボードに鍋をのっけたものだ。それを小さく痩せたゼインが引いて歩く。12歳にして顔に悲しみが刻まれたゼイン。原題Capernaumとはかつては存在しイエスが多数の人々を癒やしたとされる伝道の村だが、今そこはボロ雑巾のように虐げられる町だった。

存在のない子供たちを見た同時期に21世紀の女の子(2018)という日本映画を見た。新進の若手女性監督によるオムニバス映画だった。持ち時間10分に満たないショートだが凡庸かつ未熟でいずれも早送りしたくなるほどつまらなかった。だいたいにおいて21世紀を標榜しておきながら新しい手法を使っているわけでもなかった。腹が立ち、以来しばしばレビューで21世紀の女の子を引き合いにして、こき下ろした。

言いたいのは女であることで品質が寛恕されることを目論んでいることへの下劣さ。能力もないなら何を汲んであげられるのか。

海外には実力と個性をもった女性監督が台頭している。つまり日本の監督はナディーン・ラバキーと資質を比較できるのかという話である。
ガーウィグやビグローやソフィアコッポラやセリーヌシアマやエメラルドフェネルやクロエジャオなどなどと比較できるのか。
女性の社会進出が遅れているのなら性資本をつかったアピールをやめるべきだ。男社会が提供してくれた補助輪に乗ってみずからを女の子と言ってしまう姿勢に腹が立った。

そのようにして、存在のない子供たちを見たときに感じた懸隔・格差がある。とうぜんレバノンの貧民街と日本社会とくらべたときの差を強く感じたが、同時に映画づくりの能力差も痛感した。
ゼインの住む世界はわれわれの日常からは考えられないような過酷な世界だが、転じてじぶんが甘い世界を生きているような気分になったのであり、その気分を未熟な日本映画にぶつけたわけでもあった。

カンヌ映画祭の下馬評ではこの映画もしくはイチャンドン監督の村上春樹原作バーニングが濃厚との予測があがっていたが審査委員長ケイトブランシェットは是枝裕和の万引き家族を選んだ。依存はないが悩ましい選択だったと思う。ただし存在のない子供たちもパルムドール格とされる審査員賞をもらった。

存在のない子供たちの最終的な目的は貧困や内戦やテロや内政の混乱からくる普遍的な理解だと思う。サバイバルを物語の中心に据えることでゼインとヨナスは火垂るの墓の清太と節子のようにも見える。ゼインは困窮に懸命になって対処しようとするがサハルが売られみずからもヨナスを売って諦観の境地へ入ってしまう。最後の最後にゼインが初めて笑顔をみせたとき、彼があどけない子供だったことを知って愕然となった。

imdb8.4、RottenTomatoes90%と93%。

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津次郎