劇場公開日 2018年1月20日

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「追憶の美しさ」ベロニカとの記憶 Hitomiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0追憶の美しさ

2018年2月17日
iPhoneアプリから投稿

記憶はフィルター越しに美化される。
歴史は勝者によって編まれるストーリー。
当事者によってしか真実は語られ得ない、というテーマが漠然と中心に据えられつつ、ひとりの年老いた男性が、初恋の「行き着く先」を追いかける…

回想と現実とが入り組んで交錯しながらストーリーが進行していく。
その曖昧で断片的な構成が、不確かに揺らぐ記憶の性質を象徴しているようにも思える。
それとは対照的に、現在のシーンでは「目覚める→朝食→郵便物の受け取り」といった平凡な日常のサイクルを何度も描写している。この繰り返しは、見る人に「老後の平穏な日々」「かわりばえのしない毎日」といった印象を与え、激情に生きた若かりし頃との対比を感じさせる。

複雑な物語である故に、途中は「どうなっているの!?」と混乱するところも多かったが、最後には、娘への告白という形で真実をかなりわかりやすく説明してくれたので、後味はスッキリ。
内容の面でも、愛と未来を連想させる前向きなラストシーンだった。

若い頃の激情、というのは厄介なもので、長い時を経ても一生心を揺すぶり続ける。
…とはいえ、トニーの行き過ぎた言動は正直 見るに堪えない。
最後まで彼を愛せない鑑賞者もいるようだが、ジム・ブロードベントの「かわいらしいおじいさん」のような風貌が何より魅力的で、それだけでも肩を持ってしまいそうになる。

もともとポエマー気質のあるトニーは、
娘が出産という人生のターニングポイントを迎える最中にいるにも関わらず、現実から逃避して過去の記憶を彷徨う傾向がある。その上 恐ろしく鈍感で、元妻の気持ちも娘の気持ちもベロニカの気持ちも察することができずに失言ばかりしてしまう。

対して女性陣は、それぞれがとても魅力的で寛大な愛ある存在として印象づけられる。女優さんの表情も、凛として美しい。
トニーが自分を見つめ直して、マーガレットからの赦し・娘からの赦し・ベロニカからの赦しを得ていくシーンは涙を誘う。

トニーがベロニカと親友エンドリアンに送った忌まわしい手紙、タイプライターで1文字ずつ刻まれるシーンが忘れられない。
誰しもが取り返しのつかない罪を犯すだろう、彼の罪はdeleteできないのだ。

音楽も、作品特有の懐かしさ・せつなさ・浮遊感を醸し出していて素晴らしかった。
まるで音から香りがするようだった。
追憶に下手なメロディーはいらない、あのなんとも言えぬ奇妙な感覚に似た響きだけで充分だと身にしみてわかる。

Hitomi