劇場公開日 2018年6月8日

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Vision : インタビュー

2018年6月12日更新
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永瀬正敏がジュリエット・ビノシュとの共演の感想に「難しい」と答えた理由

日本を代表する俳優の永瀬正敏河瀬直美監督の長編劇映画第10作「Vision」に主演した。河瀬監督作品は「あん」(2015)、「」(17)に続く3作連続で、米アカデミー賞、世界三大映画祭の全てで女優賞に輝く仏女優ジュリエット・ビノシュとのダブル主演となった。しかし、永瀬は「共演の感想は? と聞かれるのは困るんですよ。難しい質問です」と笑う。その理由とは?(撮影・文/平辻 哲也)

永瀬正敏、Instagramをスタート。ジュリエット ・ビノシュとの2ショット写真を映画.comに提供してくれました!
永瀬正敏、Instagramをスタート。ジュリエット ・ビノシュとの2ショット写真を映画.comに提供してくれました!

Vision」は、昨年5月、「」でコンペティション部門に参加したカンヌ国際映画祭での出会いから始まった。河瀬監督は永瀬を伴い、映画祭主催の公式ディナーに出席。たまたま同席となった本作のプロデューサー、マリアン・スロット氏がビノシュを連れてきたのだ。「監督とジュリエット・ビノシュさんが会って、『いつか一緒に』という話を目撃していました。この話が3カ月後に実現するとは思いませんでした。本当に奇跡のようです」

企画は同年6月には動き出した。ビノシュのスケジュールに合わせて、9月上旬から前半、11月中旬から後半を、河瀬監督の故郷である奈良県にある山深い吉野町で撮影することが決定。仏エッセイストのジャンヌ(ビノシュ)がすべての人の心を癒やすという幻の薬草“ビジョン”を求めて、奈良・吉野の山を訪れる…というストーリー。永瀬はジャンヌと深く心を触れ合う山守の男、智(とも)を演じた。20年以上、紀州犬のコウとひっそりと暮らしていたという謎めいた過去を持つ男だ。

河瀬監督の演出メソッドでは、役は作るのではない。俳優は役の人物の家で生活し、その人物になる。それを“役を積む”と呼ぶ。ビノシュは近くの宿坊に宿泊していたが、永瀬はどら焼き店の雇われ店長・千太郎を演じた「あん」、視力を失いつつあるカメラマン中森雅哉役の「」と同様、クランクインの約2週間前の8月中旬から智の家で生活を始めた。

「朝起きると、(猟犬の)コウを連れて、家の裏の崖にある石をご神体に見立てた場所や近くの神社を参拝しながら、山の様子を見ます。帰ったら、家の畑の面倒を見て、時間が余ったら、薪割りをする、という日課でした。智という男を知るために、過去に遡って、日記をつけたりもしました。後は技術的なことです。チェーンソーはちゃんと講習を受けないと、扱うことができないんです。山守らしい体を作ったりと、やることはいっぱいありましたね」

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山深い場所にある智の家は当初、ケータイの電波も届かなかった。家の裏は崖で、夜中、物凄い音がしたと思ったら、鹿が崖から落ちてきたことも。イノシシに育ててきた野菜を食べられてしまうこともあった。移動手段は劇中に出てくる軽トラック。「自分で運転することもありましたし、運転してもらえる人がいても、乗るのは軽トラです。麓に下りるまでに30分。町で買い出ししていても、ニッカポッカに地下足袋姿なので、誰も僕だと気づかないんです(笑)」

私が9月中旬に撮影中の智の家を訪れたときも、出番のなかった永瀬は薪割り、コウの散歩、鹿の角とイノシシの牙を使った工芸品の製作に勤しんでいた。「キーホルダーを作っていたんです。猟師の方に『イノシシの牙は山のお守りなんです』と聞いて、ジャンヌに渡したくて。イノシシの牙はその猟師さんに、鹿の角は猟師さんと山守さん達に譲って頂き、必要なものも軽トラで金物店等に買いに行ってきました(笑)。キーホルダーはリュックにつけていただいて、映画の中にも1カット写っています」

トリコロール 青の愛」(93)ではベネチア国際映画祭女優賞、「イングリッシュ・ペイシェント」(96)ではベルリン国際映画祭銀熊賞、米アカデミー賞助演女優賞、「トスカーナの贋作」(2010)ではカンヌ国際映画祭では女優賞に輝くビノシュとの共演はどうだったのか?と聞くと、困ったような顔を浮かべた。

「若い頃見ていた好きな映画に沢山出演していた女優さんですし、勿論素敵な方でした。でもこれは難しい質問なんです。河瀬さんの演出方法では、僕が見ているのが役のジャンヌなのか、ジュリエット本人なのか、本当にあいまいになってしまうんです。エピソード的なものが語れないんです。僕自身の感情も永瀬なのか、智なのか、分からなくなるんです。それだけ役に入っていけるという状況には毎回、監督には感謝しているんですけども」

河瀬メソッドでは、俳優はスタッフ、キャストのすべてが役名で呼び合う。永瀬は「智さん」であり、ビノシュは「ジャンヌさん」というわけだ。撮影現場での控室もバラバラで、「おはようございます」「はじめまして」といった一般的な挨拶も禁止。俳優同士が私的な会話をすることは一切できない。リハーサルもないので、いきなり役として向き合うことになる。

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「僕は河瀬組の経験者なので、今回もそうやって過ごしていたのですね。なので、最初の方はジュリエットさんも『永瀬はどうしたんだろう?』と思っていたかもしれませんね(笑)。役同士の話はできるのですが、『あの時のあの作品は?』とか聞けないわけです。聞きたいこと、知りたいことがいっぱいあったのに。無茶苦茶、残念ですよね」

写真家としても活動する永瀬は、山を歩くジュリエット(ビノシュ)が素敵な笑顔を見せるショットも残している。その写真を見せてもらいながら、状況を聞くと、「これはジュリエットとのデート中の写真です(笑)。ジャンヌと出会って、ある程度、時間も経っている時に、監督から『2人でデートをして』と言われたんです。それで、2人で神社に行って、ご飯を食べて、森をプラプラしていたんです。振り返ってくれて、笑ってくれたんです。写真はすべてスマホで撮っていますが、本当はちゃんとしたカメラで撮りたかったですね」

智から永瀬に戻って、ビノシュと個人的な話ができたのはクランクアップの日だった。「ジュリエットさんからは、フランスから持ってきてくれたマフラーをいただきました。僕からは、吉野の自然染めのものと五本指の靴下です。智はいつも五本指の靴下を履いているんですが、フランスのスタッフからは評判がよかったんです。その時お互い感謝のハグしながらやっと少し話せた感じでした」

3度目の河瀬組は、「海外の女優さんを使い、監督のスキルアップされた現場」だったという。完成作には「こんなに驚いた作品はないかもしれません」と語る。「前半部分を撮り終えたあとに、『最初の脚本は1回忘れて』と言われて、後半の台本を渡され、こんなに変わったんだ、こういう風に新たに構築なさったのか、と思ったのですが、試写を見て、また変わったのか、なるほどと思ったんです。河瀨監督には毎回、新たな驚きがあります。ホント、底なしですね」

6月30日には、石井岳龍監督が町田康の原作を映画化した「パンク侍、斬られて候」も公開。物語の鍵を握る「将軍の格好をした猿」大臼延珍(デウスノブウズ)役を全身メイクで演じた。6月からは愛知県で新作映画の撮影に臨んでおり、多忙な日々を送っている。

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