劇場公開日 2018年6月9日

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終わった人 : インタビュー

2018年6月7日更新
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舘ひろし&黒木瞳が体現した、夫婦が求める理想形

端的でいて、なんとも意味深なタイトルである。舘ひろしは「ちょっと引きましたね」と身構え、黒木瞳は「ギャグだと思いました」とすんなり受け入れた。真逆の印象を抱いた2人が「終わった人」で見せた夫婦像は、真剣であればあるほどユーモアにあふれ、思いが強いほどにすれ違う。ただ、そこには互いへの敬意を込めて長年連れ添ってきた確かな時間が流れていた。約20年ぶりの共演ながら「自然に夫婦になれた」という2人の掛け合いも、あうんの呼吸で笑いが生まれ、信頼の深さが垣間見えた。(取材・文/鈴木元、写真/根田拓也)

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舘「黒木さんが現場で椅子に座って、メイクの人が傘を差して撮影を見ている風景が本当に女優だなと。いいものを見せていただいた。近頃なかなか女優らしい女優がいないから、いいなと思いますよ」
 黒木「舘さんはそうやって、女性の心を美しくする天才なんですよ」

舘と黒木の共演は、NHK「新宿鮫 屍蘭」以来約20年ぶりで4度目。映画では初めてだが、空白の間に互いに培った経験があったからこそ、機が熟し自然な形で夫婦になれたと声をそろえる。

黒木「30年くらい前から知っていますし、舘さんが限りなく夫婦に近い友人でいてくださったので」
 舘「(ドラマ上では)結ばれなかったけれど、どこか夫婦みたいなところはありましたよ。ちょっと前だったら肉体関係までいっちゃうと思うから危なかった」
 黒木「“あぶない夫婦”になっていました。でも、舘さんなら身も心も捧げますよ」
 舘「よく言いますよ。ほら、上から目線でいい加減なことを平気で言う」

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舘の言葉通り、「終わった人」はダメ亭主としっかり者の妻という構図である。出世競争に敗れ、子会社で定年を迎えた田代壮介は“妻孝行”にいそしもうとした矢先、美容師の妻・千草からあっさり突き放されてしまう。ダンディズムの象徴ともいえる舘のしょぼんとした哀愁漂う演技は新鮮だ。

舘「楽しかったですよ。中田秀夫監督がとにかく格好悪くということで、おなかも出して老眼鏡もちょっと斜めになっている。監督がそういう画(え)が欲しかったんだろうし、『アバウト・シュミット』のジャック・ニコルソンのようにしたいというので、共有して入れたのは良かった。最高だったのは、定年になってベッドの上で『おまえと温泉旅行に行こうと思っている』というと、『私、忙しいの』っていう。あの距離感がとてもリアルだった」

黒木「本当に無防備でだらしない、情けない舘さんを初めて見ました。おかしくて、ずっと笑いっ放しでした」

その黒木は自身の夫が定年まであと数年ということもあり、千草の心情がよく理解でき「先に疑似体験させていただきました」という。もちろん、夫には終わってほしくないという思いを千草に投影させた。

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「今のままじゃダメでしょって、撮影中は千草の気持ちで本当に腹も立ちました。愛し合って結婚したわけで、輝かしい頃の壮介を知っているから、千草自身も輝きたいし、あなたにも輝いていてほしいという思いは女性の中にはあると思います」

壮介は30歳近く年下の女性にほのかな思いを寄せ、IT企業の顧問に請われるなど生きがいを見つけていくが、ことごとく災難に見舞われる。だが舘は、終わった起点は定年ではないと力説する。

「下請けの会社に飛ばされた時点が壮介にとっての終わった人だと思っているんです。この映画はずっと終わっていた人が、実はそこ(定年)から始まっているんですよ。いろんなことが起きて、恋もするし会社もつぶすけれど、失敗しようが何しようが何かやろうと思ったら終わっていない。人生に終わりはないってことなんじゃないのかな」

舘自身も、今作に限らず役の幅をどんどん広げている印象を受ける。その起点は2007年のTBS「パパとムスメの7日間」だという。父と女子高生の娘(新垣結衣)の人格が入れ替わってしまうホームコメディだ。

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「いろいろとエクスキューズはあったけれど、あの時にあの役をやる勇気が僕にはあったんですね。うまくいったかどうかは別問題だけれど、それまではいろんな人がこいつはこのくらいしかできないと思っていたのが、そこそこできるなという温かい目でオファーをしてくれるようになった感じですね。脚本と状況が面白ければやるという勇気が、今いろいろな役をやることにつながっているのかもしれない」

ホラーに定評がある中田監督との初タッグで、コメディというのも刺激になった様子。壮介が初めてカプセルホテルに入り、「棺おけみたいだな」とこぼした後の「けっこう落ち着くな」というセリフはアドリブが採用された。

「頭が軟らかくて、欲しいものがはっきりしている。僕はずっと受ける芝居しかさせてもらえなかったけれど、今回は『面白いからやりましょう』とアドリブ的な芝居を許されていたのですごく楽しかった。壮介はオプティミストだけれど、救いの部分をすっとすくい取る。そのあたりが才能だと思う。才能のある人は、何を撮っても撮れるんですよ」

一方、「仄暗い水の底から」「怪談」に続く3度目となる黒木は、自ら映画化権の取得に動いた中田監督の思いを推察する。

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「芝居をちゃんと見てくださるので安心感がありますし、個人的には撮りたいものがすごくあったのかなと思いました。長年連れ添った夫婦が、離婚ではなく卒婚という手段を選ぶ在り方というか、この作品に懸ける熱い思いがあったんだろうなと」

そう、千草に三くだり半を突き付けられた壮介は、故郷の盛岡に帰ることを選ぶ。高校時代の友人らの後押しである決断を下すが、その後、千草と再会するシーンは前半との対比もあって秀逸だ。

「壮介はロマンチストで、でも結局は逃げたんですよ。そこに日本の男子の弱さが垣間見える。そこに来る千草はすごく強くて、やっぱり日本は女性の方が強いし余裕があるんですよ。千草はすべてを受け止めて、自分はどうするのかがはっきり分かっている。おろおろしているのは壮介だけです」

自虐も込めているが、黒木の“上から目線”の寛容さに身を任せることで「いろいろと遊べて、やっていて気持ちが良かった」とも付け加えた。互いを慮ることを忘れず、肝心なことははっきりと言い、聞く耳も持つ。2人が体現した「終わった人」には、夫婦が求める理想の形が凝縮されているようだった。

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