劇場公開日 2016年10月29日

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「私たちの社会と、一人ひとりの生き方を問いかける物語り」92歳のパリジェンヌ jackalさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5私たちの社会と、一人ひとりの生き方を問いかける物語り

2022年10月9日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

『ヨーロッパには寝たきり老人はいない』という本がある。
あちらでは、ヘルパー制度や老人ホームなどを使い、子供を頼らず一人で生活を積極的に楽しもうと努力する。モノが食べられなくなったら特別な治療はせず自然と亡くなるのを選ぶ。そういう生き方をすることが「彼らの誇り」であるという。
日本の老人ホームでは、本人についての措置・判断でさえ本人抜きで子供と担当者で決めるのがふつう。若いときから「まるくおさまるのがなにより大事」と思って自分の考えを言わないで生きているうちに、いつしか「老いたら子に従え」になり、無感動のつらい日々が続いたあと寝たきりになる。認知症にならなければ怖くて苦しくて生きていけないのではないだろうか。

この映画では、老いと闘いながらも人間らしく自立して生きられる時まで生きようと、パリのアパートで独り暮らしをするマドレーヌを、家族は遠巻きに支援する。黒人ヘルパーも対等の関係(「契約関係を結んだ友人」という感じ)でのマドレーヌの相談相手であり協力者である。
マドレーヌが尊厳死の意思を家族に宣言したあと、家族は驚き、とまどい、怒り、嘆きながら、しかし最後はマドレーヌ(母)の意思を理解し尊重してその日にむけて協力する。
特にマドレーヌへの娘の情愛(生きていてほしい!)という願いと母の意思を尊重してあげたいとの間を心が揺れ続け、最期の日を迎えるまでのプロセスは、こちらもハラハラしつらくなる。
しかし、すべてが終わった後、家族にも我々にも静かなさわやかささえ感じさせる。

1年でも、1日でも長く生きさえすれば幸せであるとは限らない。自分の最期までを自分で決めることの大切さについて、私たち日本の社会と、一人ひとりの生き方を問いかける物語りである。

jackal