劇場公開日 2016年1月23日

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「モヤモヤし続ける意義」サウルの息子 hhelibeさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5モヤモヤし続ける意義

2016年4月14日
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鑑賞方法:映画館

知的

上映中ずーっと緊張してたので、観終わった時の疲れが凄かった。
「野火」とかこの映画は、そこで起こったことをただ映すという「体験映画」だと思う。そういうジャンルがあるかどうか知らないけど。
観る者はアウシュビッツの中に強制的に連れ込まれ、凄惨な現実を疑似体験させられる。

冒頭、大勢の人が収容所に連れてこられて、裸で部屋に詰め込まれ、そして中から叫び声や扉を叩く音が響く。
主人公と一緒に私も、それをただ聞いている。すごく辛い。
…んだけど、映画の中でそれを何度も見てるうちに、最初ほどの衝撃は感じなくなる。麻痺してくる。

主人公はそれを4ヶ月間繰り返している。
さらに、やがて自分も同じような目に遭うことを知っている。
そんな状況でまともな喜怒哀楽を持っていたら狂ってしまうので、彼らにはみんな表情がない。
感情のスイッチを切ってしまったんだろう。

感情のスイッチを切り、罪もない人たちを殺し、始末する毎日。
その状態を「生きている」と言えるんだろうか。

その状況の中で、主人公が「人間」であるために行った決断が、この映画の軸になる。

パンフを読んで「主人公を英雄にしたくなかった」「恐怖や残虐性を煽るものにしたくなかった」という監督の言葉にとても共感した。
日本の戦争とか原爆を扱った映画って、大体このどっちかだよね…。
そうやって単純化することで、「本当」がどんどん見えなくなる。

観終わっても、何と言えばいいのか分からない。
結論なんてもちろん出せないし、感想すらも安易に言えない。
扉の中の叫び声が耳に焼き付いて、モヤモヤした気持ちが残り続ける。
モヤモヤするから、もっと調べたり、考え続ける。

そうやって簡単に結論づけず、モヤモヤした感覚と向き合い続けることが、この映画を観る意義なんじゃないかと思う。

hhelibe