劇場公開日 2016年6月18日

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クリーピー 偽りの隣人 : インタビュー

2016年6月17日更新

黒沢清監督が語る、対照的な西島秀俊&香川照之とのタッグについて

穏やかな笑みを浮かべる黒沢清監督
穏やかな笑みを浮かべる黒沢清監督

人間とはそもそもモンスターである。どんな人間のなかにもモンスターは潜んでいて、その魔物を目覚めさせることなく生きられるか否かは、ほとんど運次第のようなものではないのか。黒沢清監督の新作「クリーピー 偽りの隣人」(6月18日公開)は、そんな恐ろしいテーマを投げかけてくる。いまや海外でも、ホラー•サスペンス映画の巨匠として多くのファンを持つ黒沢監督が、日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した前川裕氏の原作に惹かれ、映画化に挑んだ胸中、そして今回がそれぞれ4度目の起用となった西島秀俊と香川照之のタッグについて語った。(取材・文・写真/佐藤久理子)

映画の冒頭から、いきなり観客は胸ぐらを掴まれるような衝撃を覚えるに違いない。犯罪心理学を学んだ刑事の高倉(西島秀俊)は、彼が「完璧なサイコパス」と呼ぶ犯人の説得に失敗し、取り返しのつかない失態を犯す。ここですでに絶対的な悪の勝利が高らかに宣言されるのだ。この事件をきっかけに退職し、大学の講師の職を得た高倉はある日、元同僚(東出昌大)から、6年前に発生した一家失踪事件の分析を依頼される。その一方、新居に引っ越した高倉と妻の康子(竹内結子)は、西野(香川)という奇妙な隣人と出会うことで、その運命を大きく狂わせられていく。

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前川氏の原作に惹かれた理由についてはこう説明する。

「原作は、誰にでも身近に感じる恐怖心を題材にした素晴らしいものでした。現代人はごく身近なところに意外な盲点がある。遠くの情報なら一瞬にして手に入る時代ですが、その分すぐ身近なところというのは意外に隙間だらけで、そこに予想もしない悪が潜んでいるかもしれない。そこで崩れつつある日常を取り戻して行くために格闘する主人公を描いてみたいと思いました」

康子は「ご近所付き合い」という使命感から西野家に通うが、いつの間にか西野のペースにのせられていく。そんな折、高倉は西野家の娘から「あの人、お父さんじゃありません」という告白を聞き、驚がくさせられるのだった。

「家族という、本来もっとも基本的なコミュニティと思われていたものがどこか形だけになっていて、実際はそこでひとりひとりが孤独で、隙間ができている。その隙間にある悪意を持った人が侵入すると、家族は一気に崩壊するというか、別なものに変質してしまう。そういう犯罪が実際に日本でも起こっていると思います。原作もそういった事件を参考にしていますし、僕もそういうものを参考にしながらキャラクターを作りました」

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そして本作の凄みは、主人公と妻が一見何の問題もなく暮らしているように見る隣人に、いとも簡単にに操られていく、という点でもある。

「まさに本当に起こった事件を調べてみると、どうしてこんな人の言うことに引っ掛かってしまったのかとか、いつでも逃げられる状況なのに逃げない、というような不思議なことがあるんですね。ただ、本当にあった事件を元にあくまでリアルにやっていくと、どんどん現代の何かの象徴、社会的な問題が前面に出てくると思うのですが、僕にとってはそれがこの映画を作る目的ではありませんでした。そういうところからヒントは頂きましたけれど、最終的にはひとつのエンタテインメントとして楽しんで頂ければいいな、と。ですから後半、とくに最後の方は、どこか非現実の世界に行ってしまっているような感じにしました。西野ももう隣のおじさんではなく、一種の悪の化身のように見えてくるという(笑)」

そんな本作をさらに面白くしているのが、手加減なしの西島×香川の対決だ。これまで何度か共演しているふたりだが、黒沢映画での共演は意外にも今回が初となった。

「このふたりを共演させるなら僕の映画だろう、と密かにずっとライバル心を持っていました(笑)。お二人とも撮影の間、とても楽しそうに話をされていましたね」

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もっとも、ふたりの演技のアプローチがあまりに対照的なのが興味深かったと語る。

「何かを背負ったような成熟した役柄を西島さんに演じてもらうのは今回が初めてだったのですが、基本的に彼のアプローチは以前とあまり変わっていなかったです。まず本当にニュートラルとはこれです、というお芝居から始める。いわゆる昔のケーリー•グラントとかジェームズ•スチュワートとか、ヒッチコック映画に出てくる男優のような感じで、善人でも悪人でもない。ちょっとクセを付けていくとクセが出てくるのですが、最初にまずあんな風に演じてくれる人ってそうはいないんです。みんな何か自分なりの解釈、独特の個性で演じる。それはそれでいいのですが、西島さんの場合、あれだけいろいろな経験を積んで、まだニュートラルでいられるというのが驚きでした。一方、香川さんはその真逆で(笑)。ニュートラルはないというか、必ずどこかにギアが入っている感じ。このふたりの対照がとても面白かったです」

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今回、最高の素材を理想のキャストとともに映像化する機会を得た黒沢監督は、最後に自負を込めてこう語った。

「いままでいろいろなタイプの作品を撮ってきましたけれど、そのどれとも違う映画にしたいという思いがありましたし、そうなったという自信があります。ひとつのジャンルに当てはまるかどうかはわかりませんが、最終的にはダークファンタジーと言えると思います。残酷なシーンもありますが、それが売りではない。そんなことを行うのはどんな人だろうという方に興味が行く映画になっていればいいと思います。とても怖いところから始まって、その怖さが持続するのですが、観客もその怖さにだんだん引き込まれていってどこか心がうきうきするような、滅多に見られないものを見た、というのを感じていただければ幸いです」

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