劇場公開日 2015年3月21日

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陽だまりハウスでマラソンを : 映画評論・批評

2015年3月17日更新

2015年3月21日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにてロードショー

予想外に切実だが、ポジティブな高齢ランナーの挑戦を描く好作

邦題とスチル写真などのビジュアルから、ポカポカ暖かい老人ホームかどこかでおじいちゃんが楽しく長距離を走る、ほっこりハートウォーミングなコメディドラマを予想すると、これが微妙に違う。ドイツで製作された映画だが、超高齢化社会に向かう日本の観客にとっても身近で切実な要素が詰まった、しみじみと感慨深い作品なのだ。

主人公は、1956年のメルボルン五輪マラソン競技で金メダルを獲得し、半世紀以上たった今は隠居暮らしのパウル。その選手人生を公私で支えた妻マーゴの病気をきっかけに、夫婦で老人ホームに入居する。退屈なレクリエーション、型にはめたがる療法士、仕切り屋の入居者にうんざりしたパウルは、何十年ぶりかのランニングをホームの庭で再開する。

パウル役は、ドイツの国民的喜劇俳優ディーター・ハラーフォルデン。日本ではほぼ無名だが、往年の体を張ったスラップスティックコメディの映像をYouTubeなどで視聴できる。本作では笑いを取るパフォーマンスは封印したものの、黙々と走る姿や入居者たちとのやり取りに穏やかなおかしみがにじむ。ディーターは半年近い走り込みで9キロ減量し、実際のベルリンマラソンで撮影された終盤のシークエンスなどに説得力を持たせた。

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老夫婦の娘ビルギットは、CAの仕事が忙しくて両親を施設に入れるしかないことを心苦しく思い、ゴールの見えない恋愛にも疲れている。ホームの秩序を守ろうとする女性療法士ミュラーも、入居者の死に向き合う日々に疑問を感じている。これが長編デビューとなる監督・脚本のキリアン・リートホーフは、高齢者を支える中堅世代の視点もきちんと描くことで、多世代の観客に現実の問題と照らして考える契機を提供しているようだ。

転倒して額を切るマーゴ、パウルから眼鏡越しにどつかれるミュラーなど、日常の中に突如鮮血が流れるシーンは、生に内在する死を表面化させる。「生きること」がコースアウトできない「死へのレース」であることを思い知らせ、老夫婦の愛と絶望的な選択を描いたミヒャエル・ハネケ監督作「愛、アムール」に似た雰囲気も漂う。

「彼の最後の走り」を意味する原題の本作はしかし、そんな死との隣り合わせの老後にも、常に挑戦するチャンスと、周囲の変化をも喚起するようなパワーが確かにあることを教えてくれる。なにより、「ふたりは風と海」が合い言葉の仲むつまじい老夫婦の関係性がいい。ほどよい塩気と湿り気を含んだ潮風を浴びたように、鑑賞後には心地よい刺激とうるおいが残るはずだ。

高森郁哉

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